『薬屋のひとりごと』に出てくる美形の青年・壬氏(ジンシ)は、「キモいのに、なぜ許されているのか」。

2026年10月の終わりごろ、別の漫画『レジスタ!』が「キモい」と批判されたのをきっかけに、Xではこの問いが薬屋にも向けられるようになりました。

好きで見ている人の中からも、「構造としては、薬屋もけっこうキモくない?」という声が出ています。

面白いのは分かっている。

猫猫(マオマオ)の謎解きも好き。

それでも、ときどき壬氏の迫り方や、話の運び方に「ん?」となる瞬間があるという人は少なくありません。

しかも言い合いをよく見ると、批判する側とかばう側は、同じ「キモい」という言葉で別のものを指していました。

その「ん?」という違和感の正体を、ネットの声を手がかりにひとつずつ言葉にしてみました。


薬屋のひとりごとのプロフィール

作品名 薬屋のひとりごと

原作 日向夏(小説)

始まり 2011年に小説投稿サイト「小説家になろう」で連載開始

アニメ 第3期が2026年10月2日から日本テレビ系で放送中

劇場版 『亡妃の秘宝』が2026年12月11日公開予定

舞台は、昔の中国に似た架空の国の後宮(皇帝の妃たちが暮らす宮殿の奥)です。

主人公の猫猫は、花街(遊郭の並ぶ街)で薬師の養父に育てられた娘で、薬と毒の知識にかけては誰にも負けません。

人さらいにあって後宮の下働きにされたあと、皇帝の幼い娘が弱っていく原因を見抜いたことで、その母で妃のひとりである玉葉妃(ギョクヨウひ)の毒見役に取り立てられます。

その猫猫に目をつけ、やたらと構ってくるのが、後宮を取り仕切っていた壬氏です。

天女のような美貌の宦官(去勢した男性の役人)として振る舞いながら、実はもっと高い身分を隠していた青年で、物語が進むほど猫猫への好意を隠さなくなっていきます。

第2期の中盤で猫猫は壬氏の秘密に気づき、終盤には壬氏が皇帝の弟として表に立ちます。

事件を猫猫が解き、壬氏が振り回され、2人の距離が少しずつ変わっていく。

この繰り返しが、作品のいちばんの面白さになっています。


レジスタ!の騒ぎで薬屋が引き合いに出された

『レジスタ!』は、小学館の漫画雑誌「ゲッサン」で連載されている藤丸さんの作品です。

36歳の作詞家の男性が、スーパーでアルバイトをする女子高生に心を寄せていく話で、「次にくるマンガ大賞2026」のコミックス部門で3位にも入りました。

ところが2026年10月下旬、Xで「年の離れた客が若い店員に恋する話を、いい話のように描くのはキモい」という批判が一気に広がります。

接客の仕事で、実際に年上の客から言い寄られて怖い思いをした女性たちの体験談も重なりました。

作品を読んだ人からは「主人公はむしろ自分を抑えていて、言い寄るような場面はない」という反論も。

 

そこで反論する側が持ち出したのが、薬屋でした。

「立場が上の男が、十代の女の子にしつこく迫る話なら、薬屋のほうがよほどそうではないか」というのです。

これに対して薬屋の側からは、「壬氏はキモさを上回る魅力があるから受け入れられている」という返しが出ます。

すると今度は、その言い方に「結局イケメンなら許されるのか」とかみつく人が現れ、さらに燃え広がりました。


壬氏の迫り方にゾワッとする人がいる

ネットの声でいちばん目につくのは、壬氏の距離の詰め方への違和感です。

付き合っているわけでもないのに、顔を近づけてくる。

猫猫が嫌そうな顔をしても、懲りずにまた来る。

しかも相手は、猫猫の仕事も居場所も一声で左右できる立場の人です。

 

第1期の途中では、後宮の仕事を解かれて花街へ戻った猫猫を、壬氏が身請け(お金を払って店から引き取ること)し、自分のそばで働かせています。

画面の中では甘いラブコメとして描かれていても、自分の職場に置き換えたとたん、上司に迫られているのと同じに見えてしまうのです。

「初期の壬氏はほぼストーカー」とまで書き込んでいる人もいるほどです。

嫌いになったわけでもないのに、最初のころの迫り方が今になって引っかかる人もいるのです。


距離をとるほど寄ってくる構造が同じに見える

もうひとつは、物語の組み立てそのものへの引っかかりです。

レジスタ!を批判する人たちが問題にしていたのも、主人公の行動より、物語の組み立てのほうでした。

自分は控えめにしているのに、なぜか魅力的な相手のほうから寄ってきてくれる。

読む人が「こうだったらいいのに」と思う展開を、そのまま物語にしている、という指摘です。

 

すると薬屋が好きな人の中からも、「猫猫が『平穏に暮らしたいだけなのに、地位の高い人気者のイケメンが言い寄ってきて困る』という話だから、構造としては同じ」と認める声が出てきました。

猫猫がそっけなくするほど、壬氏は追いかけてくる。

男女を入れ替えれば、レジスタ!で批判されている話の組み立てとほとんど同じになる、というのがこの人たちの見方です。

 

もっとも、猫猫の側から見れば「選ばれてうれしい話」とは逆だ、と見る人も。

猫猫がのらりくらりかわすのは、照れているからではなく、身分の高い相手をはっきり拒んだら何をされるか分からないからだ、という読み方です。

第2期には、壬氏が自分の秘密を打ち明けようとしたのを、猫猫が自分から遮る場面もあります。

知ってしまえば逃げられなくなると、猫猫は分かっているようにも見えます。

実際、作中の猫猫は迫ってくる壬氏を「なめくじを見るような目」で見ることで知られていて、ときめくより先に身構えているように描かれています。

それでも、話の大きな流れが壬氏の思いのかなう方向へ進んでいく以上、読む側の「選ばれたい」という願いをかなえる話であることに、変わりはないのではないでしょうか。

ただ、この「控えめにしているのに選ばれる」話は、男性向けの作品だけにあるものではありません。

女性向けでも、『わたしの幸せな結婚』のように、家で虐げられてきた娘が名家の軍人に嫁ぎ、大切にされていく話は「溺愛もの」と呼ばれて人気があります。

 

では、同じような話なのに、なぜレジスタ!と薬屋とで反応がここまで分かれるのか。

レジスタ!の騒ぎで体験談が次々に重なったように、年上の客に店で言い寄られる怖さは、接客の仕事をしたことがある人には身近なものです。

ただ、昔の中国風の後宮という舞台は、自分から置き換えてみないかぎり、店のレジほど身近ではありません。

同じ形の願望でも、現実の嫌な記憶と重なるかどうかで、受け取り方はがらりと変わるのです。

 

同じ「キモい」が別のものを指している

この言い合いがかみ合わないのは、両方が同じ「キモい」という言葉で、別々のものを指しているからでもあります。

レジスタ!の批判で使われた「キモい」は作品の組み立てを指し、薬屋をかばう人たちが「キモいけど」と認めるときは、壬氏という人物のしつこさを指しています。

レジスタ!の組み立てが責められているのに、薬屋の側は壬氏の人柄の話で答えてしまう。

これでは、話がすれ違ったまま燃え広がるのも無理はありません。


「イケメン無罪」「女性向けだから」は本当か

薬屋が許されている理由として、ネットでは大きく3つの見方が出ています。

  • 壬氏がイケメンだから許されている(イケメン無罪)
  • 女性向けの作品だから、男性向けの作品ほど叩かれない
  • 薬屋は、言い合いを起こすための「釣り針」として持ち出された

1つ目=イケメン無罪

「壬氏には魅力があるから」というかばい方は、聞く側には「同じことをしても、顔がよくて身分が高ければ許される」と聞こえてしまいます。

ただ、薬屋のファンがどう受け止めているかを見ると、少し事情が違います。

壬氏を「イケメンだから許す」というより、空回りする姿を笑って見ている人もいるのです。

 

年の差のほうも、レジスタ!ほど問題になりにくい設定です。

壬氏は表向き24歳とされていますが、アニメ第1期の第20話で本当は19歳だと明かされ、初登場のとき17歳だった猫猫とほとんど変わらない年です。

猫猫が壬氏に嫌そうな顔を見せても、作品の中でそれが許されていることを、レジスタ!との違いに挙げる人も。

「猫猫が壬氏をキモがるのは作品の中で許されているが、レジスタ!のヒロインが主人公をキモがる流れはなさそう」という指摘です。

 

つまり薬屋は、壬氏の迫り方を「猫猫に嫌がられて笑われるもの」として見せながら、話そのものは猫猫が選ばれていく方向へ進めている作品です。

「くさみ抜きが上手」と言われるのも、迫る壬氏を笑いにできるこのさじ加減があるからです。

ただ、くさみを抜けるのは、もともとくさみがあるからこそ。

かばう側の言葉そのものが、薬屋にくさみがあることを認めています。

「イケメンだから許されている」というより、「笑える形にしてあるから許されている」に近い、というのが私の見方です。

そのぶん、組み立てだけを比べると「なぜ薬屋はよくて、レジスタ!はダメなのか」は説明しにくくなります。

 

2つ目=女性向けだから叩かれない

薬屋が責められにくい理由として、こんな見方も出ています。

モラルパニックとは、ある表現が社会に害を与えると大げさに騒がれることです。

批判する人たちは、女性に人気の作品には同じ物差しを当てていないのでは、とも読めます。

 

ところが、薬屋の漫画版は2本とも、女性向けの雑誌での連載ではないのです。

漫画版は2本あり、ねこクラゲさん版はスクウェア・エニックスの「月刊ビッグガンガン」、倉田三ノ路さん版は小学館の「月刊サンデーGX」で、どちらも2017年に始まりました。

どちらも、大人の読者に向けた青年漫画誌です。

 

しかもサンデーGXを出している小学館は、レジスタ!が載っている「ゲッサン」の出版社でもあります。

責められている作品と、引き合いに出された作品が、同じ出版社の漫画雑誌に並んでいるのです。

「女性向けか男性向けか」で物差しが分かれているなら、同じ会社の大人向けの雑誌に載る2つの作品は、本来同じ物差しで測られるはずの作品です。

少なくとも漫画の薬屋は、青年漫画誌の読者に読まれて育ってきた作品です。

「女性向けだから甘く見られている」という見方は、この点では材料が足りないといえます。

ただし、原作の小説やアニメを、どんな人がどれだけ見ているかまでは確かめられていません。

 

3つ目=わざと持ち出された釣り針

薬屋を持ち出した側の狙いを疑う声もあります。

薬屋を持ち出せば、「壬氏は魅力的だからいい」という答えが返ってくる。

その答えを引き出せれば、「結局イケメンなら許すのか」と言い返せる。

実際にその流れになったことを、「釣れてる」と見る人もいるのです。

 

ただ、最初に薬屋を持ち出した人たちが、そこまで狙っていたかどうかを示す材料はなく、ここは読む人の判断に任されます。

それでも、作品どうしを比べる言い合いには、どちらの作品も読んでいない人まで加われます。

薬屋が引き合いに出されたのは、作品の中身より、言い合いの道具としてちょうどよかったからかもしれません。


第3期で出てきた別の違和感

恋愛の話とは別に、第3期の中身にも、引っかかりを口にする人が出ています。

蝗害(バッタの大群が作物を食い尽くす災害)の兆しには、猫猫が壬氏とともに国の側から備えようとする。

それなのに、貧しさのように、本人の頑張りだけではどうにもならない問題になると、作品がその人ひとりの責任として片づけているように見える、というのです。

 

猫猫が育った花街の描かれ方にも、意見が分かれています。

「娼館をきれいに描きすぎ」と見る人もいれば、「女性を縛る場所だと分かったうえで、そこで生きる人を描いている」と見る人も。

実は猫猫自身も、花街の妓女(遊郭で働く女性)だった母と、軍の作戦を立てる軍師の羅漢(ラカン)のあいだに生まれた子です。

2人は結ばれないまま長く離ればなれになり、そのあいだに母は病に伏していきます。

第1期の終わりには、その母を羅漢がようやく身請けしています。

お金で女性を引き取る身請けが、救いにも縛りにもなる。

薬屋は、その両面を猫猫の母の話で描いてきました。

壬氏が猫猫を身請けした場面も、この話の影の上に重なっています。

 

壬氏と猫猫の関係の見え方も、第3期で変わっていくかもしれません。

身分を明かしてからの壬氏は、宦官のふりをしていたころより、猫猫との立場の差がはっきりしました。

しかも第3期は原作小説の5巻から始まっていて、原作の5巻では、壬氏が自分の結婚相手を選ぶ場に猫猫を連れていく場面もあり、気持ちをはっきり行動に移していきます。

皇帝の弟として表に立った壬氏が相手なら、「拒めないからかわしている」という読み方は、いっそう重みを持ちます。

2027年4月からの第2クール(第3期の後半の放送)で2人の距離がどう描かれるかを見れば、今の違和感が深まるのか、ほどけるのかが見えてくるはずです。


薬屋はキモいのか上手いのか

違和感を口にしている人の気持ちを言葉にすると、だいたい次の4つにまとまります。

  • 壬氏の押しは、立場の差を考えると笑えないときがある
  • 控えめなのに選ばれる形は、批判されている作品と同じに見える
  • 「魅力があるから許される」と言われると、余計に引っかかる
  • 第3期は、困っている人への目線が場面ごとにちぐはぐに見える

私は薬屋を、キモくなりうるところを作り手が分かったうえで、笑いと苦さで包んだ作品だと見ています。

包み方が上手なぶん、はみ出したところに引っかかる人が出てくるのは当然です。

猫猫の謎解きにわくわくしながら、壬氏の迫り方には少し身構える。

その居心地の悪さごと楽しめてしまうところが、薬屋の強さであり、違和感の出どころなのでしょう。