「あの2人が嫌いなだけじゃない」

今回の騒ぎを追いかけていて、いちばん増えてきたのが、この言い方でした。

大学の前で学生をつかまえては学歴の話をする「ワカッテTV(wakatte.tv)」が、2026年8月28日に出した福島大学の回で燃えています。

9月1日には動画が削除され、出演者からの釈明も出ました。

 

ところが、話はそこから別のほうへ広がっていきます。

出てきたのは、大学受験の世界では誰もが名前を知っている、ある塾の名前です。

そして翌2日、その塾をつくった人が自分の言葉で書いたことで、火は完全にそちらへ移りました。

 

前からあのチャンネルが好きになれなかった人にとっては、ずっと言葉にできずにいたところが、今回はっきりした形で出てきています。

その塾と、あのチャンネルの関係から見ていきますね。

武田塾も同じだと気づいた人たち

あのチャンネルが前から苦手だった人は、その理由を人に説明しようとして、途中で詰まった経験があると思います。

笑いのつもりでやっているものに真顔で怒ると、こちらのほうが野暮に見える。

だから「なんか嫌」で止めるしかありませんでした。

 

最初に燃えたのは、動画のあの一言です。

「福島大には触らせたくない」

ところが3日ほどのあいだに、燃えている中身よりも、怒っている人が見ている先のほうが動いていきました。

一言から2人の肩書きへ、肩書きから武田塾という看板そのものへ。

嫌だと思っていたものが、個人の趣味ではなく、商売の形をして出てきた

誰かの性格が悪いという話なら、その人を見なければ済みます。

見下すことでお金が回っているなら、見なければ済む、では終わらない。

 

受験生へ向けて「あの塾には行かないほうがいい」と書く大学院生まで出てきました。

号令をかけて広げている人がいるわけでもありません。

調べた人から順に、勝手に大きくなっていったという広がり方でした。

ワカッテTVの2人は武田塾の講師

まず、あの動画に出ている2人の話から。

高田ふーみんと、びーやま。

本名は高田史拓と山火武。

大学ジャーナリストの石渡嶺司は、この2人を記事の中で「武田塾所属」と書いています。

 

武田塾は、全国に校舎を持つ大学受験の個別指導塾です。

売りは「授業をしない塾」。

参考書を決めて、そのとおりに進ませるやり方で伸びてきました。

ラジオCMや街の看板で名前だけ知っている、という人も多いはずです。

 

学歴で人をいじる側と、受験生に勉強を教える側が、同じ会社の中にいたことになります。

今回それを初めて知った人が、かなりいました。

 

意外なのは、武田塾チャンネルのほうは、そこまで乱暴ではないという点です。

学部を紹介し、偏差値の話もします。

ただ、あの大学は無理だとバカにして回る作りにはなっていません。

受験相談に答える動画も、真面目な部類。

つまり同じ看板の下で、性格の違うチャンネルが2つ回っていました。

そして、この2つはつながっています。

ワカッテTVで大学の名前を覚えた人が、そこへ行く勉強のやり方を調べ始めれば、行き先はだいたい決まっているからです。

笑いながら見ていた学歴の話が、そのまま受験のお金の話へつながっているんですよね。

大学紹介のほうは偏見なくやっているのに、茶化すほうをコンテンツにして偏見を撒き散らすスプリンクラーになっている。

ネットには、そういう言い方もありました。

「武田塾のYouTuber教師」で、説明なしに通じてしまっています。

創業者はずっと庇ってきた

林尚弘は、武田塾をつくった人です。

いまは塾長も代表も退いていて、経営からは離れた立場です。

それでも受験業界では「武田塾の創業者」として名前が通っていて、テレビ番組の企画で審査する側に座ったりもしています。

 

この人が以前からワカッテTVを庇ってきたことは、石渡も書いていました。

今回の炎上が大きくなったあとも、しばらくは表に出てきていません。

この時点で謝っていたのは、動画に出ていた高田ひとりです。

相方の山火は、何も出していません。

 

この間に、報道のほうは増え続けていました。

朝日新聞、産経新聞、福島民友新聞社にはじまり、福島民報、オリコン、ハフポスト日本版、弁護士ドットコムニュース。

福島テレビの夕方の番組でも取り上げられています。

ネットの中だけの騒ぎではなくなったのが、この日です。

 

ここで多くの人が思ったのは、たぶん同じことでした。

いつも一緒に笑っていた人たちは、こういうときには出てこないのか、と。

ところが翌日、林尚弘のほうから書いてきます。

それも、火を消す側ではありませんでした。

偏差値が低いと研究はできない

2026年9月2日、林尚弘が投稿したのが、これです。

顔文字が付いているので、書き方としては軽い調子です。

ただ、中身は軽くありません。

 

前半は、研究の中身を偏差値で見積もれる、という話。

後半は、そこからもう一歩進んで、国が出しているお金を減らせ、という話になっています。

大学で働いている人の給料と、そこで学ぶ学生の環境に、そのままかかってくる要求です。

 

高田が動画で言ったのは「福島大には触らせたくない」でした。

林尚弘が書いたのは「偏差値が低い国公立大学は補助金を減らしてほしい」です。

言い方の乱暴さが違うだけで、使われている物差しは同じものなんですよね。

片方が若気の至りで、片方が経営者の見識、という分け方はできません。

出どころが同じだからです。

山中伸弥が研究していた大学

この投稿には、Xのコミュニティノートが付きました。

読んだ人たちが「補足がいる」と判断したときに、投稿の下へ足される注釈です。

 

偏差値の低い国公立大学でも、高度な研究は行われていること。

福島大学は環境放射能研究所で、放射性物質の環境動態に関する先進研究を進めていること。

国公立大学の補助金は、偏差値のみで決まるものではないこと。

出典には、大学の公式ページと、科学誌ネイチャーが出している研究指標のページ。

 

受験業界で名前の通った人の投稿に、通りすがりの他人が調べ物をして注釈を付けました

研究の世界にいる人たちからは、もっと直接的な言葉が出ています。

NAIST(奈良先端科学技術大学院大学)も総研大も、学部を持たない、大学院だけの大学です。

入る学部がないので、入試の偏差値という数字が、そもそも存在しません

偏差値で研究を測ろうとしても、当てる数字がそこにない。

 

そのNAISTには、誰もが名前を知っている研究者がいました。

山中伸弥。

iPS細胞でノーベル賞を受賞した、あの人です。

山中がNAISTへ移ったのは、研究をあきらめかけていた時期でした。

前の大学では周りの理解が得られず、給料の良い整形外科医に戻ろうと半ば決めていたと本人が語っています。

科学雑誌で見つけた公募に、「どうせだめだろうから、研究職を辞めるきっかけのために」と応募したそうです。

そこで採用されてiPS細胞の土台になる実験を進め、2004年に京都大学へ移りました。

ノーベル賞は、2012年。

受験の偏差値が存在しない大学の研究室で、あの研究は息を吹き返しています

 

大学の偏差値というのは、そこへ入る受験生の点数の目安です。

そこで研究している人の学歴でも、実力でもありません

福島大の研究所で手を動かしている人が、福島大の出身だとも限らない。

ネットでも、そこを一行で突いた人がいました。

「教員は福島大卒ではないからね」

わからないから聞いています

批判が集まったあと、林尚弘はこう続けました。

別の投稿では、自分は私立文系でそんなに偏差値が高くないから、わからなくて聞いているのだ、とも書いています。

 

言っていることを並べると、こうなります。

大学で行われている研究の仕組みは、よくわからない。

それが世のため人のためになるのかも、わからない。

けれど、偏差値が低い大学に高度な研究はできないだろうし、補助金は減らしてほしい。

 

中身は知らないと言いながら、順位だけは付けられると考えている

この形が、そのまま出てしまいました。

 

そして、これは学歴を軸にした商売の設計図でもあります。

大学で何が行われているかを一つずつ調べるのは、手間のかかる仕事。

数字で並べてしまえば、その手間が全部いらなくなる。

中身を見ないで済ませられるからこそ、あの物差しは売り物になるんですよね。

調べない人にとって、あれはとても便利な道具です。

無関係だという言い分もある

ここまで読んで、こう言われたことのある人もいると思います。

「ワカッテTVと武田塾は別のもので、出演は個人の活動だ」

「塾まで巻き込むのは、ただの粘着だ」

実際、ネット上ではこの形の反論が出ています。

 

言い分の中身は、こうです。

チャンネルから塾へ直接お客さんを送る仕組みがあるわけではない。

あるのはせいぜい、名前が知られやすくなるという程度のこと。

その2つを一緒にして「無関係ではない」と言うのは、話を飛ばしすぎだ、と。

 

この言い分は、少し前までなら通ったかもしれません。

ですが今回は、順番が悪すぎました。

 

出演している2人は、塾に所属している人として記事に書かれています。

創業者のほうは、以前からそのチャンネルを庇ってきた人です。

そして炎上のさなかに、その創業者本人が、動画とほとんど同じ物差しを自分の言葉で出しました。

関係の有無を証明したのは、怒っている側ではなく、庇っている側だったことになります。

 

だから、もし今度また「無関係だ」と言われたら、こう返せば済みます。

無関係かどうかを最初に壊したのは、外野ではありませんでした、と。

唐澤貴洋が連帯すると言った

九州大学大学院法学研究院の教授で、政治学者の岡崎晴輝。

この人がワカッテTVを問題だと言い始めたのは、今回の福島大の件よりも前でした。

 

8月10日には、名前と所属を出したうえで、こう書いていました。

「公衆の面前で学生を『低学歴』などと言い、名誉毀損・侮辱に該当する可能性が高いため、問題なのです」

翌11日には、YouTubeの通報機能を使うよう呼びかけたうえで、それが法的に問題なら責任は自分が負うとまで書きました。

大学の先生がここまで踏み込むのは、なかなかありません。

 

そして9月1日の夜、こう投稿しました。

「最後のチャンス」というのは、自分から動画を消して終わりにすることです。

謝罪文が出ても閉じるつもりはないらしい、と判断したうえでの一言でした。

 

ここに、ひとりの弁護士が乗ります。

唐澤貴洋。

「オレは岡崎先生に連帯する。」

たったそれだけです。

 

ただ、広がり方が少し変わっていたんですよね。

唐澤はネットでいちばん名前を知られている弁護士のひとりですが、その知られ方が独特です。

10年以上前にネットで長く攻撃の的にされ、その過程で名前そのものがネタとして扱われるようになりました。

本人の仕事とは関係のないところで、いじられ続けている人です。

だから、返信欄に並んだのがこの言葉でした。

 

「wakatteを応援する義理を作りやがって」

「wakatteが勝ちますね、」

「こっからわかってが逆転することあるんだ」

「敗北請負人」

 

味方についた瞬間に、味方の勝率が下がったことにされる

本人はまじめに連帯を表明しただけなので、なかなか理不尽な扱いです。

「岡崎先生、連帯しても良いですか?」「ダメです」という寸劇まで書かれていました。

 

とはいえ、笑っている人ばかりでもありません。

同じ返信欄に、こういう声も混ざっていました。

「こいつらの動画で母校を侮辱されて、コメント欄で抗議したら、低学歴乙と視聴者からも罵らされたものです。期待しています」

ネタにされているのは弁護士の名前のほうで、怒っている中身は少しも変わっていません

 

ちなみに岡崎は、9月2日にこうも書いています。

「高田さんに対する誹謗中傷は、厳に慎むべきです」

批判すべきなのは、偏差値や学歴を揶揄・侮辱する行為のほうだ、と。

いちばん強く出ている人が、いちばんはっきり線を引いていました。

切り離してももう戻らない

この先どうなるか、という話も出ています。

石渡は、高田と山火を切り捨てる形や、別会社へ移籍させる形もありうると書いていました。

後者なら「所属していた」と書き換えるだけで済んでしまう、とも。

あくまで見立てなので、そうなると決まった話ではありません。

 

ただ、切り離しても残るものがあります。

今回いちばん強い言葉を出したのは、動画に出ていた側ではなく、塾をつくった人のほうでした。

切り離す側の口から、切り離したい中身が出てしまったという順番です。

 

中国の古い書物『戦国策』に、虎につかまったキツネが「自分は神の使いだから食べたら罰が当たる」と言い張り、虎を後ろに従えて歩いてみせる話があります。

まわりの動物は次々に逃げていきますが、みんなが怖がっていたのは後ろの虎のほうでした。

「虎の威を借る狐」という言葉は、ここから来ています。

 

今回わからなくなったのは、どちらが虎だったのか、というところです。

チャンネルが塾の看板を借りていたのか、塾があのチャンネルの人気を借りていたのか。

借りていたのが両方なら、どちらを離しても、もう片方は元には戻らないことになります。

 

今回の動画で名前を出された福島大学には、環境放射能研究所で実際に手を動かしている人たちがいます。

その研究を選んだ学生も、これから選ぼうとしていた高校生も。

笑いの材料にされて減ってしまうのは、その人たちの時間のほうです。

 

「前から嫌だった」と言ってきた人は、ずっと言葉が足りないまま怒っていました。

その言葉のほうは、いま向こうから出てきています。

もう、うまく説明できないまま我慢する必要はなさそうですね。