「前から嫌だった」

今回の件でネットを見ていて、いちばん多く目に入ったのは、この形の声でした。

福島大学を取り上げた動画について、学歴をあつかうYouTubeチャンネル「wakatte.tv」が謝りました。

2026年9月1日には、その動画も削除されています。

問題になったのは「福島大には触らせたくない」という一言です。

 

ただ、怒っている人の多くは、この一言だけを見て怒っているわけではなさそうでした。

そして謝罪が出たあとも、話はそこで終わらず。

同じ日に別の大学の教授が声を上げ、翌日には福島県議会議員や市長まで動いています。

関係がないはずの人まで、庇うために出てきました。

 

2026年10月1日には、出演者の2人が並んで謝る動画とともに、1カ月止まっていたチャンネルが再開。

それでも、再開を伝えるニュースにはこんな返信がついています。

「なにも変わらないなら何のための1カ月だったのでしょう」

 

前から積み上がっていたものの正体と、謝ったのに収まらない理由を、順番に見ていきたいと思います。


重要だと言った直後に出た言葉

まず、起きたことを短く畳んでおきましょう。

2026年8月28日に公開された福島大学のキャンパス調査の回で、学生がおすすめの学びを聞かれ、こう答えたと伝えられています。

「放射能は福島ならではではあるんで」

それを受けた出演者の高田ふーみんが「放射能とか原子力ってエネルギーで超重要な問題」と持ち上げ、そのまま「福島大には触らせたくない」と続けたとのこと。

切り抜きが29日から広がり、31日には動画が一度非公開になったあと、揶揄する意図はないというテロップを足して再公開されています。

削除されたのは、福島大学が学長名で声明を出した9月1日でした。

 

ここで一度、言葉の並びだけを見てみます。

「超重要な問題」と認めた直後に、「触らせたくない」が来ているんですよね。

重要ではないから軽く扱った、という話ではありません。

重要だと認めたうえで、担当から外す。

ここが、ふだんの学歴いじりと形の違うところ。

ネットでも、同じ線を引いている人が目立ちました。

入試の難しさや偏差値をいじるところまでは、番組の芸として飲み込める。

でも大学の入口の話と、その中でやっている研究の話を、ひとつの物差しでつないでしまった——そこで手が止まった人が多かったわけです。


学歴いじりだと思っていなかった人たち

ここで、少し角度を変えます。

今回のネットの反応で多かったのは、「さすがに今回はひどい」よりも「前からずっと嫌だった」のほうでした。

ずっと引っかかっていた人からすると、やっと言葉になった、という感覚に近いかもしれません。

 

今回はじめてこのチャンネルを見た、という人の感想が的を射ていました。

マウントですらなく、普通の学生が笑いものになっているだけ。

この受け取り方は、前から見ていた人ほど強かったはずです。

偏差値の話をしているようで、画面に映っているのは名前も知らない学生の受け答え。

それを面白いかどうかで並べていく形が、ずっと続いていました。

 

だから今回、火がここまで大きくなったのは、あの一言の中身だけが理由ではありません。

薪は前から積んであった、ということでして。

 

名前が売れるほど、次はもっと強い言葉が要る。

強い言葉を出すほど、覚えている人が増える。

今回いちばん効いたのは、覚えている人がすでに大勢いたことだったと思います。


その研究所を動かしている大学名

では、その「触らせたくない」と言われた研究は、どんな場所でやられているのか。

福島大学には、環境放射能研究所という組織があります。

原発事故を受けて2013年7月に立ち上げられたところで、森林や河川、湖、海の中を動いていく放射性物質を追いかけている研究所です。

森の土も、川の水も、事故のあとに何が起きたかを記録しています。

その記録は現地にしかないので、研究する場所を都合で移すことができません。

学力の順番で担当を入れ替える、という発想が最初から成り立たない領域なんです。

そして、おもしろいのはここから。

研究所の紹介には、共同で運営している機関の名前が並んでいます。

  • 筑波大学
  • 東京海洋大学
  • 広島大学
  • 長崎大学
  • 福島県立医科大学
  • 量子科学技術研究開発機構

「福島大には触らせたくない」と言われた研究には、もう全国の大学が入っているんです。

 

偏差値の表で言えば、まるで違う行に並んでいる大学どうし。

それが、ひとつの研究所の中で一緒に働いています。

この形は、大学を上から順に並べた表を何度見ても出てきません。

偏差値という物差しは、その大学が何のハブになっているかを1ミリも映さない——今回いちばん大きかったのは、この穴のほうなんです。

 

だから「触らせたくない」が出たのは、悪意というより、持っていた道具にその目盛りがなかったから。

目盛りのない物差しを当てると、そこには何もないように見えます。


広島大に置き換えると見える線

この穴は、福島大学だけの話で終わりません。

炎上のさなか、番組をよく見ている人が、こんな置き換えを書いていました。

この人は続けて「広島大学の学生には平和問題を考えてほしくない」と置き換え、そこで自分から手を止めています。

並べた瞬間に、輪郭がはっきりしますよね。

しかもその広島大学は、さっきの研究所を一緒に動かしている6つのうちのひとつです。

 

地方の国立大学は、たいていその土地の課題を背負っています。

福島は原発事故、広島と長崎は被爆、神戸は震災。

どれも、大学の格とは別の理由でそこにあるものです。

だとすると、偏差値という一本の物差しで全国の大学を回るかぎり、いつかどこかで必ずここに当たる。

今回のことは、たまたま起きた事故というより、順番が回ってきただけ。

この落差を、まっすぐ言葉にしていた人がいます。

大学院まで進んで研究している人を、入学時の学力の順番では語れない——読んでいて、たしかに、と思わされました。


配慮不足で片づけると次がある

謝罪文のほうも見ておきましょう。

本文には「福島大学で原子力を学ぶ意義や経緯、そして日々研究に取り組む学生の皆様の志に対する配慮が決定的に不足していた」とあります。

言葉としては踏み込んでいますし、動画を削除したことも自分で書いた形。

 

ただ、読み終えて引っかかりが残った人も多いはずです。

その正体は、たぶん「配慮」の一語。

足りなかったのは気の配り方だった、という整理になっているんですよね。

気の配り方の問題なら、次から気をつければ済みます。

ところが物差しに目盛りがないままだと、気をつけても同じところに当たる。

琉球大学へ行っても、神戸大学へ行っても、長崎大学へ行っても。

 

今回の言葉が本物だったかどうかは、次にどの大学へ行って何を言うかで分かります。

そこはもう、見ている側が判定するところ。

 

ただ、次の大学を待つ必要はありませんでした。


謝罪と同じ日に早稲田の教授が怒った

掘り起こされたのは、2021年4月11日に公開された早稲田大学の回です。

卒業式を終えたばかりの卒業生に、就職先を聞いていく企画でした。

 

卒業証書を手にした男性が「僕は卒業したんで」と話したところで、高田ふーみんがその証書を受け取ります。

そして「これ滑り止めです」と言って地面に置き、その上に尻もちをついてみせました。

相方のびーやまが「バカヤロウ オマエ!」と叫んで叩き、証書の持ち主は「俺じゃなかったら許されませんよ」と返しています。

この場面の切り抜きが2026年8月29日から広がり、9月1日に早稲田大学理工学術院の坂内博子教授が反応しました。

福島大学へ謝罪を出したのと、同じ日のことです。

そしてこの卒業証書の動画のほうは、9月1日の夜の時点でも公開されたままでした。

早稲田の件について、2人からはその時点で何も出ていません。


「本人が許した」で通してきた線

ここで、このチャンネルが長く使ってきた道具が見えてきます。

番組は各動画の概要欄で、インタビューは事前に2人のキャラクター設定と企画の趣旨を説明し、了解を得た相手にだけ行っている、と説明しています。

つまり本人がOKしている、というのが土台にありました。

 

卒業証書の場面も、その理屈なら通ります。

持ち主の男性は笑って「俺じゃなかったら許されませんよ」と返していますし、その場だけを見れば成立しているように見えますよね。

坂内教授の一行は、まっすぐそこを撃っていました。

この学生さんが許しても、私は許さない。

 

卒業証書は、その人ひとりの持ち物ではありません。

受験の年に一緒に走った家族がいて、指導した先生がいて、4年ぶんの時間があります。

本人が笑って差し出せる範囲と、その紙が背負っている範囲は、同じではないんです。

 

福島大学の件も、形はまったく同じでした。

答えたのは、通りかかった学生ひとり。

けれど「触らせたくない」が届いたのは、研究所と、その研究を待っている地元のほうです。

了解を取る相手が、最初から足りていなかったということでして。

 

ここが片づかないかぎり、「次から気をつけます」は形になりません。

誰に断れば撮っていいことになるのか、そこの線が引かれていないので。


大学とは連絡すら取っていなかった

その線について、福島大学が答えた内容がなかなかのものでした。

報道の取材に対して、あのキャンパス調査は学内での活動に関する申請がありませんでした、と回答しています。

 

「李下に冠を正さず」という古い言葉があります。

スモモの木の下で冠を直すと、実を盗んでいるように見えてしまうから、そもそもそんな場所で手を上げるな、という意味です。

疑われない立ち方をするところまでが作法だ、という考えは、ずいぶん昔からあったわけですね。

 

大学は同じ9月1日、学生に向けても動いていました。

SNS上での反論や拡散、誹謗中傷を控えるように注意喚起したうえで、必要なら相談窓口を使うように周知しています。

怒った学生が言い返して、今度はその子が叩かれる。

そこまで見越して先に止めた、ということでして。

 

そしてもうひとつ。

大学は9月1日の取材に対して、その時点でwakatte.tvとは連絡を取っていないと答えています。

謝罪文はネットに出ましたが、言われた側の窓口には、何も届いていなかった形。

 

動いたのは、大学だけではありませんでした。

9月1日には福島市の馬場雄基市長が、震災と原子力災害、放射能に関する研究を揶揄するような表現は見過ごせない、と書いています。

意図がなければどのような表現も許される、というものではありません。

翌2日には、いわき市の内田広之市長も「率直にとても残念です」と続けました。

 

2026年9月2日、福島県議会議員の渡辺康平が、現役の福島大生から直接話を聞いています。

コンテンツとして消費されることへの忌避感。

ここまで来ると、もう発言ひとつへの怒りではありません。

この県議は続けて、謝罪だけではなく、二度と炎上商法をしない・できない自主的な対応が必要だ、と書いていました。

 

謝れば終わる話にしない、という線を、地元の側が先に引いた形です。


庇った側が、いちばん認めてしまった

ここで、本人以外の名前が出てきます。

動画に出ている2人は、どちらも武田塾という予備校の講師です。

番組では別の名前を使っていて、これはエンタメであって塾とは関係ない、という立て方がずっとされてきました。

 

動画を見た人が塾へ流れている、映っている人物のなかに塾の職員がいる、という指摘も出ています。

そこは確かめられていないので、推測のまま置いておきます。

はっきりしているのは、出ている2人が講師だというところまで。

 

そして2026年9月2日、その武田塾を立ち上げた林尚弘が、自分から書きました。

2022年に塾長と代表を辞めていて、いまは運営から離れている人です。

別の投稿でも、「低学歴を平等に差別するやつだっただろ」「岐阜大だろうと島根大だろうと同じことを言っていた」という書き込みに、同じ意見と付けています。

 

庇うために書いたのだと思います。

ただ、読むとこうなるんですよね。

福島だから出た言葉ではなく、どこへ行っても出ていた言葉だった。

目盛りの無い物差しを、いちばん近くにいた人が、庇いながら認めた形です。

 

その長い擁護には、続きがありました。

高田君を高校生のときから知っているのでかわいそうで、と書いたあとに、自分の知っている高田君ではないと気づき、じゃあ適当で大丈夫です、と締めています。

 

この庇い方が出たあと、県議の投稿にはこんな声が並びました。

怒っているのは、学歴の話がきらいな人ではありません。

研究室で何年ぶんかを見てきた側です。


謝罪の宛先から福島大学が消えた

謝罪は、このあと2回出ています。

9月5日に高田がひとりで出た謝罪動画と、10月1日に2人で並んだ再開の動画です。

 

9月5日のほうについて、謝罪対応の専門家の増沢隆太は、反省の中心は震災や原発への配慮で、学生の出身校や偏差値を並べていじる企画については説明が無い、と書きました。

そのうえで、ネットの声には動かず、大学の学長や文部科学大臣が出てきてから謝ったように見える、とも。

 

10月1日の動画で、高田が頭を下げた言葉はこうです。

「今回私の不適切な発言で不快な思いをされた皆様、大変申し訳ありませんでした」

9月1日の謝罪文では「福島大学の皆様および関係者の皆様」と書かれていた宛先が、ここでは「不快な思いをされた皆様」になっていました。

冒頭の謝罪のあいだに、福島大学という言葉は出てきません。

 

謝罪のあとは、そのまま新しい企画へ。

舞台は早稲田大学で、在学生に受験でいらなかった参考書を聞いて回る回でした。

卒業証書の上に尻もちをついてみせた、あの回と同じ大学です。

再開を知った人の中には、こう書いた人もいました。

「ふーみんが謝罪の言葉を言っても謝罪に見えないね。動画本編も全く変わらぬおふざけだった」

 

9月1日の謝罪文で、足りなかったとされたのは「配慮」でした。

1カ月後に整えられたのも、謝る言葉の配り方のほう。

宛先は広くなり、そのぶん、誰に謝っているのかは見えにくくなっています。

納得がいかないという人が引っかかっているのは、謝ったかどうかより、物差しそのものについての説明が、まだ一度も出ていないところなんですよね。


声明の最後に書かれていた一行

大学の中からは、こんな声も出ていました。

そして、福島大学の声明そのもの。

学長名の文書は、読むのに1分もかからない短さでした。

中身がちょっと変わっていて、抗議の言葉がほとんどありません。

大半は研究の説明に使われています。

震災と原発事故のあと、地域や国内外の研究機関と連携してきた15年。

原子力災害や環境放射能の研究が、福島の経験を科学的に検証して国内外へ返すためのものであること。

 

怒る前に、まず何をやっているかを書く。

裏を返すと、知られていないところから始めないと伝わらないと分かっているわけです。

そのうえで、線は一行だけ引かれていました。

「尊厳を傷つけられることがあってはならない」

 

そして、この声明にはもう一段落あります。

報道ではほとんど紹介されていない部分です。

特定の個人に対する誹謗中傷や不適切な言動を行うことのないよう、併せてお願いいたします。

これを書き足したのが、いちばん怒っていい側でした。

 

同じ線を、批判している側も引いています。

このチャンネルにいちばん早く声を上げていた九州大学の岡﨑晴輝教授は、騒ぎが大きくなった9月2日、いまは鍵のかかっているXにこう書いていました。

「高田さんに対する誹謗中傷は、厳に慎むべきです。〈批判〉すべきは、偏差値や学歴を揶揄・侮辱する〈行為〉です」

人ではなく、やってきたことを名指しする。

怒っている側のほうが、細かい目盛りを持っているのがよく分かります。

 

今回で急に嫌いになった、という人は少ないのかもしれません。

引っかかっていたのは順位そのものより、順位で人の値打ちまで決めていく手つきのほうだった気がします。

 

謝罪文が出たから、そこで気持ちを畳む。

そういう順番に、付き合わないといけない決まりはありません。

終わりの合図を出せるのは、謝った側ではないので。