本州から北海道へ、車ごと渡ったことはありますか。

いまの道は、青森や大間などの港からフェリーに乗るしかありません。

1988年に開業した青函トンネルは鉄道専用で、車は1台も通れない造り。

その海の下にもう1本トンネルを掘る話が、2026年10月31日、国土交通省の中から出てきました。

共同通信によると、「第2青函トンネル」の構想が省内で浮上し、高市早苗首相が井林辰憲国交相に具体化を指示したそうです。

見込まれる建設費は、1兆円規模。

ネットでは「さっさと作れ」という声と、ムダではないかという声が、真っ二つに割れました。

どんなトンネルが考えられていて、賛成する人と反対する人はそれぞれ何を見ているのか、順番に整理してみます。


第2青函トンネルを走れるのは自動運転車だけ

構想を出しているのは、民間の企業が集まってつくる一般社団法人「日本プロジェクト産業協議会」(JAPIC)です。

2020年11月にまとめた資料では、いまの青函トンネルの近くに、長さおよそ31キロの太いトンネルを1本通す形になっています。

中は2階建てのような造りで、上が道路、下が貨物列車の線路と、非常時に使う緊急車両の通り道。

下の段の線路は、いま青函トンネルを走っている貨物列車を同じ本数だけ受け止められるように考えられていて、上の道路は片側1車線で追い越しはできません。

ただし、この道路を自分の力で走れるのは、自動運転の車だけなんです。

地元・青森県の宮下宗一郎知事は、ニュースが出たその日のうちに、こんな言葉で喜びを表していました。

「夢の高速道路」と聞いて、自分でハンドルを握って海の下を走り抜ける絵を思い浮かべた人は多いと思います。

ただ、資料の上では、自分で運転する車はそのまま入れず、自動で動く大きな台車に車ごと載せてもらって向こう岸まで運ばれる仕組みです。

 

通行料は、2020年の資料で普通車9,000円、大型車18,000円。

台車に載せてもらう車は、普通車ならそこへ1,000円が上乗せされるとされています。

ネットでは「フェリー代2万円が5,000円台に」という見出しも回っていますが、その「5,000円台」は、2019年ごろの報道に出ていた前の案の5,250円という数字です。

 

お金の面では、トンネル本体が7,200億円で、陸の上のアクセス道路や貨物線をつなぐ工事まで足すと1兆円を超える計算になっています。

その払い方も、国が全額を出す形ではなく、民間の会社が造って運営し、通行料や線路の貸し料で30年あまりかけて回収するPFIという方式が描かれていました。

工事は調べ始めてから完成まで約15年と見込まれていて、いま着手しても開通は2040年代に入るころ。


賛成派が挙げる3つの理由

このトンネルを推しているのは、JAPICのほか、自民党の有志議員が2025年12月につくった議員連盟です。

北海道新聞などの報道によると、議員連盟は2026年7月に党の政調会長へ推進の決議を出していて、今回の首相の指示はその流れの先にあります。

賛成する側の言い分をたどっていくと、意外なことに、車で北海道へ行けるようになるという話はあまり前に出てきません。

 

新幹線が年17日しか全力で走れない

北海道新幹線は本来、時速260キロで走れるのに、青函トンネルの中では時速160キロ、前後の地上の区間では140キロまで落として走っています。

理由は、同じ線路を貨物列車と分け合っているから。

新幹線と在来線では線路の幅が違うので、トンネルをはさんだおよそ82キロは、レールを3本敷いて両方が走れるようにしてあります。

速い新幹線と荷物を積んだ貨物列車がすれ違うと、その風圧で荷崩れが起きるおそれがあるため、新幹線が速度を落として道を譲っているわけです。

 

貨物列車の少ないゴールデンウィークとお盆、年末年始だけは、新幹線しか走らない時間帯をつくって260キロで走らせていますが、国交省の資料によると、2024年度にそれができたのは1年のうち17日間だけでした。

国の試算では、相乗りの82キロをまるごと本来の速さで走れれば、約14分縮むと見込まれています。

新幹線が札幌まで延びるのは、国の有識者会議の見通しで2038年度末ごろとされていて、新しいトンネルが完成するかもしれない2040年代のはじめと、そう離れていません。

だから賛成する側は、貨物列車を新しいトンネルの下の段へ移し、いまの青函トンネルを新幹線だけのものにしたいと考えているんです。

 

開業38年の青函トンネルに代わりがない

青函トンネルは開業から38年がたちましたが、本州と北海道を線路で結ぶ道は、いまもこの1本だけ。

JR北海道の技術者が土木学会誌に寄せた文章では、ここを通る貨物は年間およそ380万トンと紹介されていて、10トントラックに積み直すと年に38万台分ほどになります。

しかも海の下は、もともと機械にとって厳しい場所です。

海の底の湿気と、地上の暑さ寒さを行き来するだけで、機械の中まで結露していくとのこと。

そのうえ夜中も貨物列車が多く走るので、保守の作業ができる時間が限られている、とJR北海道は説明しています。

 

もしこの1本が長く止まったら、北海道の荷物はフェリーとトラックに頼るしかありません。

共同通信によると、推進する議員連盟やJAPICは、新しいトンネルが老朽化への備えになり、代わりの道にもなると訴えているそうです。

代わりの道がないまま、38年使い続けている。

 

借金をしてでも早く造るべき

ネットの賛成の声でいちばん勢いがあったのは、お金の考え方についてでした。

「さっさと作れ」という強い言葉まで出ていて、国の借金を増やしてでも早く造ったほうが将来のためになる、という意見をよく見かけます。

国の借金が積み上がっていても、インフラの整った国を残すほうが次の世代のためになり、造るには長い時間と人手がかかるのだから早く始めるべきだ、という理屈です。

完成まで15年かかるものだけに、迷っているあいだにも開通は遠のいていく、という考え方。


反対派が引っかかる3つの点

一方で、反対する人や首をかしげる人も少なくありません。

何のために造るのか、財政は大丈夫なのか、という声がまず並びました。

そこから一歩踏み込んだ声を拾っていくと、お金を使う順番と、海の下の安全、そして回収の計算の危うさの3つに行き着きます。

 

1兆円なら補修やほかの海峡が先

本州の道路や橋の補修だって追いついていないのに、という声は、ネットでもかなり目立ちました。

海峡をはさむほかの道を見ても、和歌山と淡路島を結ぶ紀淡海峡や、大分と愛媛を結ぶ豊予海峡には、まだ1本目の道もありません。

必要なのは分かるけれど、順番はそれでいいのか、と思うのは自然なことですよね。

 

31キロの海底で火事が起きたら

地上への出口がない31キロのトンネルで火事が起きたらどうするのか、という心配も多く見かけました。

たしかに31キロは、いま世界でいちばん長い道路トンネルとされるノルウェーのラルダール・トンネル(24.5キロ)よりも長い距離です。

JAPICの資料は、自動運転にすれば接触事故を防げて、大きな災害につながる多重衝突は起きないとしたうえで、350メートルごとに下の階へ逃げる避難用の滑り台、100メートルごとに熱を見分けるカメラ、前にも後ろにも走れる自動運転の緊急車両を描いています。

 

道路ではなく鉄道の話ですが、海の下で乗り物が止まる怖さは、いまの青函トンネルですでに一度、現実になっているんです。

2015年4月3日、トンネルを走っていた特急「スーパー白鳥」から煙が出て、乗客124人が線路を歩いて海の底の「竜飛定点」へ避難しました。

もとは海底駅だった場所で、このときは全員が地上に出るまでに6時間近くかかったと報じられています。

図面の上の滑り台が、本当に人を逃がせるのか。

 

回収の計算が前提だのみ

民間が造って通行料で回収する、という仕組みには、もうひとつ引っかかるところがあります。

JAPICの計算は、大型車が1日3,600台通り、車の9割が自動運転になっている、という前提の上に立っているんです。

JAPIC自身も、開通のころに自動運転が100%広まっているとは限らない、と資料に書いていました。

車の専門メディアの記事では、東京湾アクアラインも開通したころは料金が高くて利用が伸びず、値下げしてから車が増えた前例が紹介されています。

通る車が見込みより少なければ、回収の年数はそのぶん延びていく。


賛否の外で消えかけている線路

ここまでの賛成と反対は、どちらもトンネルの中の話でした。

ところが、貨物列車の引っ越し先として見たとき、この構想にはトンネルの外側に大きな問題が残っています。

掘った穴の両端が、どこにつながっているのか。

海の下の31キロには図面があるのに、両端の陸の上の線路は、片方は廃止が決まり、もう片方は誰が持つのかも決まっていません。

 

本州側の線路は2027年春に消える

JAPICの資料では、新しいトンネルの貨物線は、青森側では津軽半島の先にある津軽線の三厩(みんまや)駅へ向けて、約10キロ延ばしてつなぐ計画になっています。

その三厩駅を含む津軽線の末端の区間は、2022年8月の大雨で線路が壊れてから、列車が走っていません。

JR東日本は2026年3月24日、新中小国信号場(列車が分かれたりすれ違ったりするための、駅ではない地点)から三厩までの22.2キロを、2027年4月1日に廃止する届け出を国に出しました。

計画図を見た人から出てくるのは、こういう素朴な疑問です。

JAPICの計画がまとまった2020年には、この区間にはまだ列車が走っていました。

 

北海道側は線路の持ち主が決まらない

北海道側では、新しく約35キロの線路を敷いて木古内駅でいまの線路につなぎ、そこから道南いさりび鉄道を通って函館へ向かう形です。

その先の函館から長万部までの区間、通称「海線」は、新幹線が札幌まで延びたときに、新幹線と並んで走る在来線としてJR北海道から切り離されることになっています。

国と北海道の有識者会議は2025年9月、少なくとも札幌延伸の開業時点では、この海線を残さなければ貨物鉄道は成り立たないとまとめました。

ところが、線路を誰が持つのか、維持費を誰が出すのか、働く人をどう確保するのかは、まだ決まっていません。

投稿にある「アボコスト」は、JR貨物がほかの会社の線路を借りるときの使用料の決め方のことで、そのお金の仕組みも、まだ先行きが見えていないそうです。

有識者会議は、検討の時間軸を整理し直したうえで議論を続けるとしています。


1兆円がムダかどうかの分かれ目

賛成にも反対にも、もっともな事情があるのは確か。

北海道に住む人からは、そのあいだで揺れる、こんな声も出ていました。

必要な理由は語られていても、両端の線路まで含めた「今やるべき理由」は、まだ見えていないんですよね。

 

今回、首相が国交相に具体化を指示したと報じられていますが、予算がついた、国の正式な計画になった、という発表はまだ出ていません。

いま決まっていないことを並べると、こうなります。

  • 本州側でつなぐ予定の津軽線は、2027年春に廃止の予定
  • 北海道側の海線は、持ち主も維持費の出し手も未定
  • 道路は、開通のころに自動運転がどこまで広まっているか次第

海線を誰が持つのか、廃止される津軽線の跡をどうするのかを、トンネルと同じ机に載せて決めるのかどうか。

1兆円がムダになるかどうかは、そこで分かれます。

海の下の31キロを夢として語るなら、両端の陸の上の線路も同じ熱量で語ってほしいと感じてしまいますね。