「喋るんだったら出てってくんない?」

2026年11月7日、川崎駅東口で路上ライブをしていたシンガーソングライターのKΛKERU(カケル)が、歌を止めて話していた観客3人にマイク越しにこう言いました。

その場面を撮った動画をXに投稿したのは、ほかでもない本人。

動画は一晩で大きく広がり、翌日に本人が2回にわたって説明を出すたびに、火はかえって大きくなっています。

ネットに並んでいる声も、多くはこの向きです。

ただ、本人の説明を最後まで読むと、この話は〈客のマナー〉か〈歌い手の言い方〉かの二択では片づかないところがありました。

カギを握っているのは、本人が2回目の説明で持ち出した川崎市の「枠」です。


KΛKERUがマイク越しに言ったこと

動画が投稿されたのは、11月7日の夜10時すぎでした。

報道によると、KΛKERUは歌の途中で後ろにいた3人へ向けて、冒頭の言葉に続けて「めちゃくちゃ気分悪いんだけど」と話しかけています。

続けて「俺すごい嫌な気持ちになるから」「ここでやんなくてよくない?」と、スマホを触りながら話していたことまで挙げていたそうです。

投稿には、本人のこんな言葉が添えられていました。

KΛKERUのプロフィールには、川崎駅東口で毎週金曜と日曜に路上ライブをしていると書かれていて、今回もそのいつもの場所での出来事。

 

「路上なのに何様」と言われる理由

動画を見て、まず「そこって公道じゃないの?」と思いますよね。

批判の声をまとめると、言われていることは大きく3つあります。

1つ目は、路上はKΛKERUの場所ではない、という点。

お金を払って入るライブハウスなら、私語やスマホに注意が入るのもわかります。

でも路上は、誰がいつ来て、いつ帰ってもいい場所。

 

2つ目は、言い方です。

マイクで、ほかの客もいる前で、3人に向けて「気分悪い」と言う。

この形に引っかかった人が多いようで、「もし自分がファンとしてそこにいたら」という声も出ていました。

路上で歌った経験があるという人からも、「夢追いは自由だけど聴く側も自由」という声が出ています。

3つ目は、その後の説明の出し方。

翌日の補足は「Xを開いたらプチ炎上していましたが」と始まっていて、この「プチ」に、軽く見ているのではと受け取った人もいたようです。

この補足には、「何故謝罪ではなく言い訳なのですか?」という返信も付いています。


前から来ていた3人だったというKΛKERUの言い分

一方で、KΛKERUの側にも言い分があるんです。

11月8日の昼に出した補足で、本人はまず「正式に許可をいただいて歌っている場所」だと説明しました。

注意した相手は、前からライブに来ていた人たちだったというのです。

補足の続きでは、ライブ中に周りにも聞こえる声で話し続けたり、ずっとスマホを触ったりしていたことを注意したのだと書いています。

「わざわざ時間を作って足を運んでくださっている方々」の時間を大切にしたい、というのが本人の理由でした。

「ライブハウスでやればいい」という意見についても、実際にライブハウスでも活動していて、それでも路上を続けるのは「一人でも多くの方に自分の音楽を届けたいから」だそうです。

 

ここは、わかる気がします。

好きな歌を聴きに来たのに、すぐ隣でずっとおしゃべりが続いていたら、正直ちょっと嫌ですよね。

推しのグループの路上ライブにも通っているという人からは、話していた3人が観客の入るエリアの中にいたのなら、「そりゃ言われるし聴いている側だってもっと離れろやと思うよね」という見方も出ていました。

ただその人は、推しの路上ライブでは後ろで話していた女子高生をメンバーがいじって笑いに変えていた、と続けたうえで、「全ては演者の力量と持っていき方よね」と結んでいます。


川崎市の枠は誰のためのものか

11月8日の夜、KΛKERUは2回目の説明を出しました。

ここで初めて出てきたのが、「枠」という言葉です。

「出てって」は路上から出ていけという意味ではなく、観覧のための枠から出てほしいという意味で伝えた、という説明。

では、その枠とは何なのか。

川崎駅東口の駅前広場では、2025年8月1日から、路上演奏を事前の登録制にする「川崎駅東口ストリートミュージックパス」が試されています。

報道によると、それまで市には、SNSでの告知で観客が増えすぎることや、大きな音、夜の演奏についての苦情や警察への通報が多く寄せられていたそうです。

この仕組みは、路上ライブを続けるために、駅前を通る人との折り合いをつけたものなんですね。

 

市が出している運用ガイドライン(2026年8月26日更新)を開くと、枠(ガイドラインでは「指定エリア」)についてはこう書かれています。

  • 観客を含めて指定の場所の指定エリア内に収まるようにする
  • 演奏者が観客に対しても、地面に座り込んで通行を妨げないなど、協力を呼び掛ける
  • 指定のエリア内の観客に届く程度の音量で演奏する

演奏者が観客に呼びかける場面は、ガイドラインにもちゃんと出てくるんです。

ただしその中身は「通行を妨げないで」。

KΛKERUはこの枠を、聴きに来た人に観覧してもらうためのエリアだと説明していましたが、ガイドラインを読むと、あの枠は観客がはみ出して通る人の邪魔にならないための区切りでした。

しかもこの仕組みは、川崎市が警察から道路を使う許可を得て行っているもので、場所を自分たちのものとして使う許可(占用許可)ではない、とわざわざ書かれています。

枠の中の観客に、静かに聴いてもらうための決まりは、ガイドラインのどこにも見当たりません。


枠の外まで届いていた「出てって」

もうひとつ、マイクの声は枠の外にも聞こえています。

ガイドラインは冒頭で、「演奏する方も鑑賞する方も通行者や周辺に配慮してください」と、歌う人と聴く人の両方に同じお願いをしているんです。

3人のおしゃべりが周りに迷惑だったのだとしても、マイクを通した「気分悪いんだけど」は、地声の会話よりも遠くまで届きます。

駅前を通る人にとっては、歌も、おしゃべりも、マイクの注意も、同じ「音」です。

市が受けているその道路使用の許可も、このガイドラインが守られることが条件になっています。

ネットでは、市に問い合わせたという人や、苦情を入れるという人も出てきました。

そのガイドラインの禁止事項には、「チケットやCD、グッズ等の販売行為(金銭のやり取り)」と「有料配信・ファンサービス等の直接的に営利を伴う行為」が並んでいます。

ここに、KΛKERUの路上ライブそのものを重ねる指摘も出てきました。

チケット販売サイトには、KΛKERUの運営が出した「10/2(金) 路上ライブ写メ撮影券」のページが残っていて、会場は「川崎駅東口路上ライブ実施場所横」と書かれています。

撮影券は当日のライブの時間帯にも売られていて、撮影会はライブをした横のエリアで行う、という案内でした。

これがガイドラインに触れるのかどうかを決めるのは市ですが、いまのところ市からも本人からも、この点についての説明は出ていません。

ガイドラインには、試行のため取組が中止になる可能性もあると書かれていて、あの枠は、川崎で歌いたい人みんなが決まりを守ることで続いている仕組みでもあるんですよね。

 

来てくれる人の時間を大切にしたい、というKΛKERUの気持ちは、きっと本当なんだと思います。

引っかかったのは、その気持ちをマイクに乗せて、枠の中の3人に向けたことでした。

あの枠がそもそも誰のためのものだったのか、今回いちばん見落とされていたのは、そこなのかもしれませんね。