2026年11月4日の夜から、SIAM SHADEのギタリスト・DAITAの公式サイトに載っている声明が、Xで一気に読まれています。

栄喜・KAZUMA・NATCHIN・淳士のメンバー4人に対して、自分が作曲した38曲を使わないよう求める裁判を起こした、という中身です。

翌5日の朝には、スポーツニッポンも「メンバー4人を提訴」の見出しでこの話を配信しました。

ところが、この裁判が起こされたのは2025年8月で、声明が最初に出たのも2025年9月30日、いまから1年以上前のことです。

では、その裁判はいまどうなっているのか。

「1/3の純情な感情」は、この先も4人の演奏で聴けるのか。

声明の中身と4人の側の言葉、そして10月から出回っている「もう判決が出た」という話までを、順に並べていきます。


去年の声明が11月の日付で再び

声明の日付は「2026.11.01」となっているので、つい最近の発表だと思ってしまいますよね。

ところが「この度、私 DAITAは」で始まる書き出しから最後のあいさつまで、並んでいるのは2025年9月30日に音楽ナタリーやオリコンが報じたのと同じ話です。

公式サイトの記録をさかのぼると、2026年5月1日付にも同じ題・同じ書き出しの声明が載っていて、ネットでは「毎月1日に同じ内容で載せ直されている」という指摘も出ています。

それでも、初めて読んだ人にとっては十分に重い中身でした。

声明を読み終えて、「4人が悪い」と受け取った人は少なくなかったようです。

ただ、ここに書かれているのは、あくまでDAITAの側から見た経緯でした。

 

「1/3の純情な感情」も入った38曲

DAITAが求めているのは、自分が作曲した38曲を4人が演奏しないことと、「SIAM SHADE」の名前で活動しないことの2つ。

デイリー新潮は、その38曲に「1/3の純情な感情」も含まれると報じています。

あの曲まで止まるかもしれないと知って、胸がざわついた人もいるはずです。

声明は、提訴に至るまでの経緯を、大きく3つの出来事に分けて説明しています。

売上金の分け方で始まった裁判

2011年、東日本大震災のチャリティーライブをきっかけに、5人はSIAM SHADEとして再び集まりました。

当時は元の事務所やレコード会社の全面的な協力が得られず、ライブやグッズ、DVDの制作はDAITAの会社が引き受けたそうです。

DAITAの説明では、売上から制作費などを差し引いた利益を、5人で5分の1ずつ分ける取り決めでした。

ところが2018年ごろから、4人は差し引く前の売上を5分の1ずつ払うよう求めるようになり、2021年6月にはDAITAのもとに訴状が届いたといいます。

この裁判は、2024年9月27日に和解しました。

和解の書類では、4人に渡ったお金は「解決金」という名目でしたが、DAITAによると、中身は販売会社が止めていたDVDの売上を、もとの決まりどおりに分けただけのものです。

そのうえでDAITAは、自分と会社は「一銭の支払い義務も負うことはありませんでした」と書いています。

 

震災の寄付金まで争った裁判

2つ目は、震災の寄付金をめぐる裁判です。

2011年のライブで集まったお金は、東北の復興支援の団体に託されました。

代表を務めたのは、DAITAの知人で、自身も被災した人だったそうです。

その後、4人はこの団体に対して、寄付金の使い道が分からないとして2,600万円の賠償を求める裁判を起こします。

2022年10月13日の判決で、4人の請求はすべて退けられました。

DAITAは声明の中で、この訴えを「恥ずべき行為」だといまも強く感じている、とつづっています。

 

栄喜ひとりの名義で出された商標

3つ目は、バンドの名前をめぐる話。

2024年11月21日、4人はSOPHIAとの共演ライブ「SIAM SOPHIA」を発表しました。

実は同じ日に、栄喜が「SIAM SHADE」の商標を自分ひとりの名義で特許庁に出願していたことが、あとからDAITAが特許庁に確かめて分かったそうです。

出願は2025年7月に拒絶されています。

DAITAはこの出願を「SIAM SHADEの存在、メンバーを冒涜する象徴的な行為」と受け止め、提訴を決めたきっかけに挙げました。

和解の話し合いの場で、4人は「5人でない限りSIAM SHADEの活動、名称使用等はしない」と約束していたはずだ、とも書いています。

声明を最後まで読むと、DAITAが何度も戻ってくるのは、「5人でなければSIAM SHADEではない」という一点なんです。


「よきタイミングで説明」から13か月

では、4人の側はこれまでの裁判をどう説明しているのでしょうか。

4人が自分たちの言葉で出したものは、そう多くありません。

最初は2024年11月4日、NATCHINの公式サイトでの報告でした。

売上金をめぐって2019年から弁護士に依頼してDAITAと争ってきたこと(DAITAの声明では、訴状が届いたのは2021年6月)、それが「和解により円満に解決しました」と伝えたうえで、メンバーはこれからも5人だとしながら、「4人のみで活動することが多くなるかもしれません」と書いていたんです。

DAITAが「5人でない限り活動しない約束だった」と書いている同じ和解について、NATCHINは4人での活動を示していたことになります。

 

DAITAの声明が出た2日後の2025年10月2日には、栄喜がブログで、淳士がインスタグラムで、ほぼ同じ文面のコメントを出しました。

そこにあったのが、「よきタイミングにて、事実と私たち4人の考えについて、正しく、誠実にご説明出来たらと考えています」という一文です。

「ファンを裏切るという行為は絶対に無い」とも書かれていました。

栄喜はその後、DAITAに向けた言葉などをつづったブログ投稿を出したものの、それも削除したと報じられています。

そして4人は、説明より先にステージに立ち続けてきました。

2025年10月13日にはSOPHIAとのライブを東京で開き、栄喜は2026年3月、自分のツアーをこう告知しています。

DAITAが演奏をやめてほしいと訴えている曲で、セットリストを全部組んだツアーです。

 

4人のうち淳士は、2026年2月に亡くなったLUNA SEAの真矢を師匠と慕い、その後のLUNA SEAのライブでもドラムを任されてきました。

別のバンドの大きな舞台を背負っている人だけに、裁判の当事者として名前を見て驚いた人も少なくありません。

ただ、声明の中で一人ひとりの行動まで書かれているのは、2011年に再結成を呼びかけたNATCHINと、商標を出願した栄喜で、KAZUMAと淳士は「4人」として名前が並んでいるだけです。

報道で確かめられる範囲では、4人のうち誰も、1年前の「よきタイミングにて」の続きをまだ語っていません。


「棄却された」という話は本当なのか

この件には、声明には書かれていない話がもう1つあります。

ファンのあいだでは、2026年10月に東京地裁がDAITAの訴えを退けた、という話が広く共有されているんです。

もとをたどると、10月21日に一般の人が事件番号つきで書いた投稿で、「とのこと」という伝え聞きの形で結ばれていました。

判決が出ていれば、この1年の話の前提ごと変わります。

ところが大手の報道でも、DAITAや4人の発表でも、この判決を伝えたものは見当たりません。

だから、本当に判決が出たのか、出たならどんな中身で、控訴はされたのか、ここでは決められないのが正直なところです。

 

その代わりに、はっきりしていることが1つあります。

11月1日付で載せ直された声明には、判決のことが一言も出てこないという点です。

あわせて、4人の側が「1/3の純情な感情」などの演奏をやめるという発表も、いまのところ出ていません。

 

声明は日付を新しくして載り続け、4人はステージに立ち続け、判決の話はファンのあいだだけで回っている。

当事者の口から出た言葉で、この1年の空白を埋めたものは、まだ1つもありません。

2011年、5人は震災のためにもう一度集まりました。

その再結成から生まれたお金と名前をめぐって、いまはDAITAが「1:4」と呼ぶ形で向き合っています。

判決の行方も含めて、当事者の口から「よきタイミング」の続きが聞ける日を待つしかないですね。