2026年9月29日の朝9時、男子バレーの髙橋塁が、自分がゲイであることをSNSで公表しました。

日本代表・髙橋藍のお兄さんで、男子バレーの国内トップリーグ「SVリーグ」のサントリーサンバーズ大阪でプレーしている26歳です。

「ご報告」と題した文章の中に、「藍と話したことをきっかけに、初めて自分自身を認めることができました」という一文がありました。

 

この報告には、勇気をもらったという声と一緒に、「わざわざ世間に言う必要があるのか」という返事も少なくありません。

その「わざわざ」に、胸がざわっとした人もいると思います。

言わなくても済むことを、なぜ本人は自分の言葉で伝えたのか。

その答えは、報告の文章の中に、ちゃんと本人が書いていました。


髙橋塁のプロフィール

2026年9月には、アジア選手権のテレビ中継で、日本代表の試合の解説席にも座っています。

  • 髙橋塁(たかはし るい)
  • 2000年1月14日生まれの26歳、京都市出身
  • 身長185センチ、攻撃と守備の両方を担うアウトサイドヒッター
  • 京都・東山高校から日本大学へ進み、3年生のときに大学日本一を決める全日本インカレで45年ぶりの3位に貢献、4年生で主将
  • 2022年にサントリーサンバーズ大阪へ入団
  • 弟は日本代表の髙橋藍(2026-27年シーズンからポーランドのルブリンへ移籍)


2026年9月29日の「ご報告」

報告の書き出しは、こうです。

「僕は幼き頃から、自分自身のある一面について向き合うことを恐れ、悩み、自分自身を否定していました。それは、僕がゲイであり、セクシュアルマイノリティの一人であるということです」

そのあとに続くのは、弟の藍への感謝と、家族やチームメイト、チームスタッフ、関係者の人たちへのお礼です。

 

このタイミングを選んだ理由も、本人がはっきり書いています。

「新しいシーズンを迎えるにあたり、いつも応援してくださるファンの皆さんにも、このタイミングで自分自身の言葉で伝えておきたいと思いました」

そして、もうひとつ。

「理由や背景は違っても、自分自身を受け入れられずに悩んでいる方にとって、僕が自分自身と向き合い、自分の言葉で伝えることが、少しでも何かのきっかけになれば嬉しく思います」

 

ニュースのコメント欄には、誰かに明かされる前に、自分のタイミングで、自分の言葉で伝えられてよかったという声もありました。

幼いころから自分を否定してきた人が、ファン全員に向けて自分から名乗り出る。


弟の藍と過ごした2シーズン

報告の中で何度も名前が出てくるのが、弟の藍です。

藍は2024年にイタリアから戻ってサントリーに加わり、兄弟は2024-25年と2025-26年の2シーズンを同じチームで過ごしました。

塁はその時間を「僕にとって何よりも大きく」と書き、藍と話したことがきっかけで初めて自分を認められた、と続けています。

何を話したのかまでは書かれていませんが、2人のふだんの様子から、そのときの会話を思い浮かべたファンもいました。

ふだんから2人で動画に出て、掛け合いを見せてきた兄弟を知っている人ほど、そういう返事が自然に浮かぶのだと思います。

 

その藍は、2026年9月22日の夜、移籍先のポーランドへ向けて日本を発ちました。

このとき、塁も見送りに来ていたと伝えられています。

そして公表は、その1週間後でした。

同じチームで過ごした2年が終わり、新しいシーズンが始まる前。


言わない限り続く「彼女は?」

一方で、ニュースのコメント欄やSNSには、こんな声も並びました。

  • 身近な人だけが知っていればいいのでは
  • 公表せずに胸の内にしまっておく選択肢もあったのでは
  • 世間に大々的に言う意図が分からない

心配から出た言葉もあれば、突き放すような言葉もあります。

ただ、どれにも共通しているのは、「言わなければ、何も起きない」という前提です。

 

しかし実際には、言わないでいても質問はやってきます。

「彼女はいるの?」「結婚はまだ?」「好きなタイプは?」

アスリートなら、同じ質問がインタビューや記事にまで広がります。

ここでいう「ノンケ」は、異性を好きになる人のことです。

言わない限り、周りは異性を好きになる人として話しかけてくる。

そのたびに笑ってごまかすか、話を合わせるか、黙るか。

 

逆の立場で考えると、少し近づけるかもしれません。

女性が好きな男性が、会う人会う人に、男性の恋人がいる前提で「彼氏はいるの?」「パートナーシップは結ばないの?」と毎回聞かれ続けたら、どうでしょうか。

当事者にとっては、黙っているあいだも、話を合わせる場面が毎日のようにやってくる。

塁が「幼き頃から」「自分自身を否定していました」と書いた年月にも、そういう場面は数えきれないほどあったのではないでしょうか。

だからこそ、カミングアウトは何かを付け足すことより、ずっと続けてきた「ふり」を終わらせることに近い。


チーム競技で言い出しにくい理由

スポーツの世界は、とくに公表が難しい場所だと言われてきました。

LGBTQの人たちを支える一般社団法人の代表は、2024年のパリ五輪でLGBTQだと公表していた選手は約200人いたものの、多くは欧米の選手で、アジアは3人、日本人選手はゼロだったと書いています。

しかもチーム競技になると、壁はもう1枚。

これはバレーだけでなく、野球やサッカーにも共通する話です。

アメリカのプロ野球・大リーグを中心に20年以上取材してきたスポーツライターによると、ロッカールームやシャワールームで裸のつき合いが避けられない分、「チームメイトを不安にさせるのでは」「チームの空気が乱れるのでは」という周りの目が、本人の口を重くしてきたといいます。

大リーグでゲイを公表した元選手として知られるグレン・バークも、そのあとに続いたビリー・ビーンも、公表したのは引退したあと。

現役の選手については「あの人はそうらしい」という噂が何度も流れても、本人の口から語られることはなく、噂のまま終わってきたといいます。

 

そう考えると、塁の報告でいちばん目を引くのは、チームメイトとチームスタッフへのお礼がはっきり書かれていることです。

同じスポーツライターも、今回の公表にはチームメイトやスタッフの支えがあったようだとして、その姿勢に敬意を表していました。

本人が言えたのは、チームの中に先に受け止めてくれる人たちがいたからでもあります。

 

五輪の外に目を向けると、日本では2019年に、女子サッカーの下山田志帆選手が現役のまま同性のパートナーがいることを公表し、大きく報じられました。

女子には前例があっても、男子のプロ選手となると、すぐに名前が浮かぶ人はほとんどいません。


「言わない自由」と「黙っていろ」

「言わなくてもいい」という言葉は、当事者を大切に思う側からも出てきます。

精神科医のひとりは、今回のニュースに寄せた解説コメントで、カミングアウトは必ずしもしなければならないものではないとしたうえで、「言える人だけが勇気を出す社会ではなく、言わなくても、誰もが自分を否定せずにいられる環境をつくること」が大切だと書いています。

さらに別の精神科医も、公表すれば必ず心が楽になるという単純な話でもなく、周りの理解や安全な環境があってこそ良い経験につながりやすいことが研究でも示されている、と補っていました。

 

同じ「言わなくてもいい」でも、向いている方向はまるで逆。

ひとつは、言っても言わなくても否定されない場所を用意しておきたい、という当事者の側に立った「言わなくてもいい」。

もうひとつは、聞かされる側が落ち着かないから黙っていてほしい、という「言わなくてもいい」。

前の言葉は選ぶ自由を守り、後ろの言葉は選ぶ自由を狭めます。

「わざわざ」という言い方に引っかかった人が多かったのは、そこに「黙っていてほしい」という気配を感じ取ったからかもしれません。

塁は、言うか言わないかのうち、言うほうを自分で選んだだけです。


変わらず一人のバレー選手として

公表のあと、ファンから多く寄せられたのは「何も変わらない」という言葉でした。

研究の話を補っていた精神科医も、今回の公表を特別視しすぎる必要はないとして、一人のバレーボール選手として、これまでと変わらず自然に応援したいと結んでいました。

塁自身も、報告の最後をこう締めくくっています。

「これからも、髙橋塁らしく、バレーボールを通じて成長していきたいと思います」

藍はポーランドで、塁は大阪で、それぞれの新しいシーズンがもうすぐ始まります。

次に誰かが自分の言葉で名乗るとき、先に受け止める側に立っているのは、今回「何も変わらない」と書いた一人ひとりなのかもしれませんね。