炎上した人の学歴が、いつのまにか炎上そのものより大きな話になっています。

学歴をテーマにしたYouTubeチャンネル「wakatte.tv」が、福島大学を取り上げた動画をめぐって謝罪した件。

2026年9月1日に動画が削除されたあと、ネットの話題はするりと横へ移りました。

「学歴で人を測っていたあの人、大学を出ていないらしい」

 

たしかに、そう聞くと胸のすく感じがありますよね。

ただ、この線を最後まで引いていくと、思っていたのとは違う場所に出ます。

いちばん驚いたのは、彼が中退していたことではありませんでした。


受かった年と辞めた年のあいだ

まず、事実のところを短く畳んでおきましょう。

高田ふーみんは兵庫県立明石北高校から、京都大学経済学部に現役で合格しています。

入学は2014年の4月。

そこから大学に籍を置いたまま、2019年11月に中退したことがわかっています。

在学は6年、学年は2年生のままでした。

卒業していないので、最終学歴という言い方をするなら高校卒業になります。

 

ここで、公式サイトを開いてみましょう。

2人のプロフィールが、顔写真つきで並んでいるページがあります。

高田ふーみんの欄はこちら。

「京都大学 経済学部 出身」

そのすぐ隣、びーやまの欄はこうです。

「早稲田大学 教育学部 卒業」

 

同じページの、隣どうしで、片方だけ「卒業」

嘘は1文字も書いてありません。

京都大学に在籍していたのは事実なので、「出身」で通ります。

ただ、その2文字を選んだ人がいちばん、隣との差を分かっているはずなんですよね。

この2語の落差に気づいていた人も、ちゃんといました。

卒業と書けば嘘になる。

かといって中退とは書きたくないところ。

その真ん中に、ちょうどいい2文字があった、ということでして。

 

この話が広がって、「学歴で人をいじっていた本人がこれか」という声が一気に増えました。

同時に掘り返されたのが、2024年5月28日に放送された「ABEMA Prime」の回です。

ひろゆきと2人が並んだこの日、ふーみんはこう話していました。

「正直、学歴は努力の証だと思っている」

「頑張ったら高学歴になるわけで、その人たちが報われる社会であるべきだ」

それを受けたひろゆきが、学歴が低い人を罵倒する必要があるのかと返したことも報じられています。

 

2年前のやりとりが、いま急に別の顔を見せはじめました。

学歴は努力の証。

その言葉をいちばん重く引き受けることになるのは、6年ぶんの時間が学歴の側に一切残らなかった本人です。

もっとも、その6年に何があったのかは、外からは分かりません。

大学を辞める事情なんて、たいてい他人には見えないところにありますからね。


予備校では合格歴が学位より強い

ここで、意外な角度からの指摘を挟みます。

教育ジャーナリストの松本肇が、炎上の3週間ほど前に書いていたものです。

1単位も取れずに辞めたとしても、それは大学中退であって高卒ではない、という主張。

在学した期間と取った単位は、別の大学へ入り直したときに通算や認定へ回せるから、というのが理由だそうです。

2年以上在学して62単位以上あれば、税理士試験の受験資格にもなるとのこと。

 

ただ、ここは分けておきたいところ。

制度の上で在学の期間を使えることと、履歴書に何と書くかは、別の話です。

卒業した学校の欄に、京都大学とは書けません。

大学を出ていない以上、最終学歴は高校卒業のままです。

 

それでも、同じ投稿の後半に効いてくる一文がありました。

有名大学の合格歴は、予備校業界では学位よりも評価される、と。

ここが今回の入り口でした。

高田ふーみんも相方のびーやまも、武田塾の講師です。

つまり合格したという事実だけで仕事が成り立つ世界に、2人とも身を置いています。

卒業証書がなくても困らないどころか、学位より京大合格のほうが値打ちになる場所。

 

中退したまま平気だったのは、開き直りではなかったわけです。

そもそも卒業を必要としない業界にいた、というだけの話でして。

 

この人の指摘には、もう一段の続きがあります。

予備校の講師は実績を求められるので、「いま苦労してでも有名大学へ行けば人生が開ける」という言い方をしがちだ、というところ。

受験生を励ます言葉としては、べつに珍しくもありません。

ただ、受け取った側にこう届いてしまうことがある、と続きます。

有名大学へ行けば、そのあとは楽になる。

自分より下の者を従わせることができる

これを真に受けた学生が、大学の序列を貴族の位のように扱いはじめて、後輩へ伝えていく。

だから学歴は新興宗教と言われるんです、というのが結びでした。

 

ずいぶん強い言い方に見えますよね。

ただ、ここを押さえておかないと、次の章の景色が変わってきます。


見返したかった相手と同じ物差し

ここで、本人がなぜこの芸をやっているのかにも触れておきましょう。

さっきのABEMAの回で、ふーみんはこう話していたと報じられています。

「小学生のころ、将来高卒になるヤツにいじめられてて、いつか見返したいなという小学校中学校時代を過ごしてた」

京大に受かって、やっと見返せるチャンスが来た。

そのうえで「ちょっと世の中の人を馬鹿にしちゃってます現状」と続けたそうです。

 

いじめられていた話まで笑う気にはなれません。

見返したい、という気持ちのほうも、たぶん多くの人がわかります。

ただ、見返すために持ってきた道具が、いじめっ子が使っていたのと同じ「人を上下に並べる」やり方だったこと

今回いちばん気の毒なのは、たぶんここ。

 

同じ日、ひろゆきの返しは短いものでした。

「迷惑をかけることで金を稼いでいるということは、へずまりゅうさんと一緒でしょ?

学歴で人を並べて再生数を取る商売と、迷惑をかけて再生数を取る商売。

置き方としては同じ棚だ、という指摘でした。

 

そして今回、その本人が「高卒だろ」と言い返されています。

炎上のさなか、こんな指摘が伸びていました。

言われてみると、そのとおりなんです。

「お前は高卒だろ」が言葉として成立してしまうのは、高卒が下だと決まっている世界の中だから

 

そして、その世界を毎週つくっていたのが、いま言われている本人です。

だからこの人だけは、「学歴で人を測るのはやめろ」と返せません。

返すための言葉を、10年かけて全部売ってしまったので。

 

うーん。

中退したこと自体を、私は悪いことだと思っていません。

悪いのは、中退を恥ずかしいことにしてしまう物差しのほうです。

その物差しが残っているかぎり、今回とまったく関係のない人まで、一緒に下の段へ置かれてしまいますからね。

 

この物差しが人に何をするかは、今回の炎上より前から表に出ていました。

九州大学の岡﨑晴輝教授が、8月の時点でこのチャンネルを名指しして、大学の入学難易度で学生をからかうやり方に強い嫌悪感を覚える、と書いています。

長く自殺対策に関わってきた人で、1年生の担任として入試の結果で心身を崩す学生を何人も見てきたとのこと。

その投稿のあと、学生から声がたくさん寄せられたと報じられました。

「慶應合格でも国立じゃない」

「上智でも入試方式でバカにされた」

受かった人たちの中で、さらに細かく刻まれていく

ここまで来ると、もう学歴の話でもない気がしてきます。


あの物差しが測っていたもの

では、その物差しは何を測っていたのか。

ここを見にいくと、話が急に単純になります。

 

このチャンネルの主力企画は、街で学歴を聞いて回る「アホ街ック天国」と、大学で在学生に話を聞く「キャンパス調査」。

公式が掲げているコンセプトは、全国の受験生・高校生に「絶対にこんな大人になるなよ!」と伝えるために、あえて学歴社会を皮肉る、というものだそうです。

そしてもうひとつ、大事なところ。

このチャンネルの言う「低学歴」は、ふつうの意味の高卒・中卒ではありません

大学を入試の難しさで並べたときの、下のほうを指しています。

 

つまり目盛りを振っているのは、入試の難易度のほう。

測っているのは学歴ではなく、受かった瞬間そのものなんです。

この物差しには、入学したあとの時間が1目盛りも入っていません。

4年きっちり通った人も、大学院まで進んだ人も、受かった日の点数のまま置かれます。

 

だとすると、本人の6年も同じ扱いになりますよね。

あの物差しの上では、高田ふーみんはいまも「京大合格」のところで止まったままです。

中退が痛いのではなく、受かった日から先を数える目盛りが最初から無い

本人が売っていた道具に、本人がいちばん長く乗っている形になっています。

 

おもしろいのは、この物差しのルールを、怒っている側のほうが正確に理解していたこと。

ネットでいちばん伸びていたのは、こんな一言でした。

もう一度受け直して受かれば、それで黙らせられる。

入口さえもう一度通れば、そこから先は問われない——あの物差しなら、たしかにそうなります。

やり直しがきくという意味では、ずいぶん優しい道具ですよね。

優しすぎて、受かったあとの何年ぶんも、まとめて見ないことにしているわけですが。


藝大で話が噛み合わなかった回

目盛りが無い、という話が信じられないなら、効かなかった回を見るのが早いです。

今回の騒動を受けて、こんな思い出し方をしている人がいました。

東京藝術大学のキャンパス調査は、2021年8月に公開された回です。

実技で入る大学へ持ち込むと、あの物差しは急に何も言えなくなります。

当たり前といえば当たり前で、入試の難易度で振った目盛りは、入試の形が違う相手を測れないからです。

 

相方のびーやまのほうは、偏差値37から一浪して早稲田大学に受かった人。

物差しの下から上まで自分で移動した経験があるので、話し方が少し違います。

ABEMAの回でも「馬鹿にするのは良くない気持ちはある」と口にしていたと報じられていました。

同じ2人組でも、物差しの中を動いた人と、入口で止まった人では、見えている景色が変わってくるのかもしれません。

 

そして福島大学の件も、まったく同じ形をしています。

環境放射能研究所が何を積んできたかは、受かった瞬間の目盛りには最初から入っていません。

だから「触らせたくない」が出たときも、本人の側には空欄が見えていたはず。

あの発言の中身については、前の記事で詳しく書いています。

初夏のキャンパスの並木道と、机に置かれた放射線測定器とノート
wakatte大炎上|福島大への学歴いじりで済まなかった理由 「前から嫌だった」 今回の件でネットを見ていて、いちばん多く目に入ったのは、この形の声でした。 福島大学を取り上げた動画について...

 

入ったあとに伸びるという言葉

最後に、いちばん静かな一行を置いておきます。

福島大学の佐野孝治学長が、朝日新聞の取材に答えたものです。

「大学に入った後も学力はどんどん伸びる」

教育者として全く同意できない、という強い言葉より、こちらのほうが効きました。

入ったあとに伸びる

あの物差しが見ていないのは、まさにそこなんですよね。

 

そして、これは大学だけの話ではありません。

新卒で入った会社の名前。

最初に配属された部署。

資格を取った年と、その時の点数。

入口でついた数字だけは、何年たっても人の口に上ります

そのあいだに積んだものは数字になっていないので、たいてい出てきません。

職場で一度でも「あの人は◯◯出身だから」と言われた経験があるなら、あの感じ。

 

子どもの受験でも、同じ形をよく見かけます。

合格した学校の名前は親戚じゅうに伝わるのに、そこで6年かけて身につけたものは、誰にも報告されないまま終わっていく。

報告するための言葉が、そもそも用意されていないからです。

入口には数字があって、そのあとには名前がつかないまま

差はそれだけなのに、残り方がまるで違います。

 

学歴で人を測っていた側が大学を出ていなかった、というのは、たしかに据わりの悪い話です。

ただ、今回いちばん怖かったのは彼の最終学歴のほうではありませんでした。

受かった日から先を、あの物差しが1日も数えていなかったこと。

数えられていないという意味では、この10年で身につけたものも同じ扱いになります。

入口の数字に入っていない時間のほうを、これからは先に見ていきたいですね。