『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』『ダンダダン』の担当編集として知られる林士平(りん・しへい)と、集英社のマンガアプリ「少年ジャンプ+(ジャンプラ)」の関係が、2026年7月末で終わっていたことが分かりました。

ジャンプ+がそれを公式に知らせたのは、9月30日の夕方です。

驚く人がいる一方で、「前から好きじゃなかった」と言う人もいます。

裏方である漫画の担当編集者が、表に出る作家や作品と同じように名前で好き嫌いを熱く語られることは、ほとんどありません。

なぜ林士平というひとりの編集者に、ここまで熱いファンと、ここまで手厳しいアンチがいるのか。

その答えを探っていくと、林士平が作品の裏側を自分の言葉で話してきた編集者だったところに行き着きそうです。

ジャンプ+の「終了させました」

じつは林士平は、2022年に集英社をやめています。

そのあと自分の会社を作り、社外の人として集英社から仕事を頼まれる形で、ジャンプ+の看板作品を担当してきました。

9月30日にジャンプ+の公式Xに出たお知らせは、この仕事の依頼を集英社が7月31日で「終了させました」というものです。

「終了しました」ではなく「終了させました」。

集英社の側から一方的に終わらせたと読める強い書き方で、両者の決別を公式のお知らせではっきり示しています。

お互いが納得した円満なお別れならまず選ばない言い方なので、「これはヤバい」「何があったの」とざわついたのも無理はありません。

 

毎週楽しみにしている読者がいちばん気になるのは、大好きな作品がこの先も変わらず読めるのかどうかですよね。

『SPY×FAMILY』『ダンダダン』『ケントゥリア』『WITCHRIV』の4作品は、これからもジャンプ+で連載を続けます。

『チェンソーマン』は第2部が2026年3月に完結しているので、この4作品には入っていません。

同じ日に林士平の会社が出したお知らせによると、4作品は漫画家さんが林士平の会社と直接契約を結び、林士平が引き続き担当するとのこと。

つまり、集英社と林士平の会社の関係はプツリと切れても、漫画家さんと林士平のコンビはそのまま続くわけです。

連載する場所はジャンプ+のままで、伴走する担当編集だけを漫画家さん本人が自分で頼むイメージですが、契約の中身やお金の流れまでは公表されていません。

 

ジャンプ+のお知らせには「新たな体制」で連載を続けるとあるので、ジャンプ+の側にも作品の担当が立つなら、1つの作品に編集者が2人付く形になりそうです。

Xで「船頭がふたりいて大丈夫なのか」と心配する声が広がったのも、そのため。

ただ、契約の中身は分からなくても、作品を描くのは漫画家さん本人なので、意見が分かれたときに最後に決めるのも毎週作品を描いている漫画家さんになるはずです。

この先も連載が順調に進むかどうかで、林士平と組み続けると決めた漫画家さんの選択が正しかったかも、自ずと見えてきそうですね。

林士平の経歴と担当してきた作品

担当編集は、締め切りに追われる漫画家さんと毎週のように打ち合わせをして、物語の展開やネーム(コマ割りやセリフを決める、下書きよりさらに前の段階)を二人三脚で一緒に考える編集者のことです。

林士平は、集英社の社員として16年、独立してからも4年、ジャンプの漫画を作ってきた編集者。

  • 名前:林士平(りん・しへい)
  • 生まれ:1982年・東京都
  • 肩書き:漫画編集者、自分の会社ミックスグリーンの社長
  • 代表作:『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』『ダンダダン』『地獄楽』『ファイアパンチ』『ルックバック』など
  • 2006年 集英社入社、月刊少年ジャンプへ配属
  • 2007年 ジャンプSQ.の創刊に参加
  • 2018年6月 少年ジャンプ+の編集部へ(のちに副編集長)
  • 2022年8月末 集英社を退社し、独立
  • 2024年7月 自分のポッドキャスト番組を始める
  • 2024年8〜9月 『ドラゴンボール』の元担当・鳥嶋和彦とラジオで対談(前編・後編)
  • 2024年9月29日 Xで集英社の退社を公表
  • 2026年7月31日 集英社が林士平の会社への依頼を終える
  • 2026年9月30日 ジャンプ+と林士平の会社がそれぞれお知らせを出す

退社からほぼ2年たった2024年8月になっても、ラジオ出演を伝えるニュースでは「『週刊少年ジャンプ+』にて副編集長を務める」と紹介されていて、読者からはずっと「ジャンプの林士平」に見えていたんです。

今回の線引きで、林士平の担当を離れたとみられる作品もあります。

2024年9月に林士平が自分で担当作として挙げていたなかで、連載中の『幼稚園WARS』は今回の4作品に入っておらず、その理由はどちらのお知らせにも書かれていません。

林士平を好きなファンが多い理由

ファンが林士平を好きになるきっかけは、作品を読んでいて「この編集者は誰だろう」と担当の名前が気になった瞬間だったりします。

藤本タツキの初めての連載『ファイアパンチ』も、2016年にジャンプ+で始まった林士平の担当作で、ジャンプ+の編集部に移る前から、林士平はジャンプ+の作品も手がけていました。

当時はまだ新人だった漫画家が、のちに『チェンソーマン』の大ヒットで世界中に読まれるまでを、いちばん近くで見てきた編集者だということになります。

 

そして気になって名前を検索した人が見つけるのは、自分のXやポッドキャストで、作品の舞台裏や編集の仕事のことを熱く話している林士平の姿。

Xには、林士平が審査員をしていた漫画賞で入選し、作品を褒めてもらえたことをいまも大事に覚えている、という漫画家志望の人の投稿もあります。

プロの漫画家を目指す人や、作品の裏側が気になる読者にとって、林士平は外から見えにくかった編集という仕事の中身を、初めて見せてくれた人でもあったんです。

「原作者面」と2年の沈黙

一方で、林士平に厳しい人たちが口をそろえるのは、編集者なのに前に出すぎるという点です。

「原作者面」と言う人が引っかかっているのは、インタビューや配信で作品の裏話を饒舌に話す姿が、まるで自分の作品かのように見えてしまうところ。

もう1つの理由が、退社をすぐに知らせなかったことです。

たとえば、退社がまだ知られていなかった2024年7月、林士平はサイバーエージェントと、漫画家を目指す人が家賃なしで住めるアパート「MANGA APARTMENT VUY」を始めています。

 

その2か月後、アパートにジャンプの人気作家が講師で来るのかと尋ねた人に、ジャンプの新人漫画賞の公式アカウントは「ジャンプ編集部は運営に一切関わっておりません」と答えました。

林士平がXで「2022年8月末で、集英社を退社しております」と書いたのは、その約2週間後のこと。

質問した人のように、林士平をまだジャンプの人だと思ったまま、このアパートに夢や期待を寄せた人もいたはずです。

 

厳しい声のなかで、ファンでもいちばん言い返しにくいのが、この2年の沈黙だと思います。

集英社の看板の外でもやっていけるのか、と心配する声もあります。

最近の『SPY×FAMILY』や『ダンダダン』は話がなかなか進まない、という読者のリアルな不満まで、表に出ている林士平個人に向かうことがあります。

名前がはっきり見えている編集者は、ヒット作を生んだときの手柄だけでなく、作品への不満まで矢面に立って引き受けることになるんですね。

ドラゴンボールの元担当とぶつかった対談

林士平の評価が割れるもう1つのきっかけが、2024年8月と9月にJ-WAVEのラジオで2回に分けて放送された、鳥嶋和彦(とりしま・かずひこ)との対談です。

鳥嶋和彦は、鳥山明の担当編集として『Dr.スランプ』や『ドラゴンボール』を世に出し、のちに週刊少年ジャンプの編集長も務めた人。

『Dr.スランプ』に出てくる悪役「Dr.マシリト」のモデルで、鳥山明に何度もボツを出した厳しい編集者として、漫画好きのあいだでは伝説のような存在です。

 

とくに翌月の後編は、2人の考えがはっきりぶつかった回になりました。

2人の考え方は、こう分かれていました。

  • 鳥嶋和彦=編集者が作家の手綱を握り、子どもにも届く普遍的な漫画を作るべき
  • 林士平=作家の描きたいものを大事にし、これまで漫画にならなかったジャンルまで裾野を広げたい

ジャンプの黄金期に育った世代には、「読者が楽しめるものが先か、作家の描きたいものが先か」の違いに見える対談でした。

鳥嶋和彦のやり方がよく分かるのが、『Dr.スランプ』が生まれたときの話です。

鳥山明はもともと千兵衛博士を主人公にするつもりでしたが、鳥嶋和彦が「アラレを主人公に」と勧めて、あのアラレちゃんが主役になりました。

作家が描きたかったこだわりよりも、子どもたちが目を輝かせて喜ぶものを選んで、国民的なヒットにしてきた。

 

その時代を知るジャンプ世代には、作家の描きたいものを大事にするやり方に、物足りなさを感じる人もいるんです。

けれど林士平にとって、作家の描きたいものを大事にするのは、これまでの王道の少年漫画が届いていなかった人にまで届けるためでもあります。

2人の違いは、読者を大事にするかどうかではなく、どこにいる読者を見ているかにあります。

Dr.マシリトと林士平の違い

そもそも、なぜ林士平の名前だけが、ここまで知られているのでしょうか。

『SLAM DUNK』や『ONE PIECE』を夢中で読んだ人でも、その担当編集の名前を聞かれて、すぐに答えられる人はほとんどいないはずです。

じつは名前が知られた編集者には、昔から決まった道筋があります。

鳥嶋和彦の名前が広まった大きなきっかけは、鳥山明が自分の漫画の中にDr.マシリトとして描いたことでした。

つまり鳥嶋和彦の名前は、作家の側から漫画の中で面白おかしく語られて広まったもの。

でも林士平の場合は、自分のSNSや音声番組を通じて、名前が本人の声で広まったところが大きく違います。

同じ発信が、ファンには「仕事が見えて頼もしい」と映り、厳しい人には「作家より前に出ている」と映る。

鳥嶋和彦は、厳しいことを言っても、鳥山明がそれを漫画の中で笑いに変えてくれたので、悪役のまま愛されてきました。

けれど林士平の言葉は、作家の漫画というフィルターを通さず、生身の本人の言葉のまま評価されてしまいます。

 

歌舞伎には、黒い衣装で舞台に上がって役者の着替えや小道具を手伝う「黒衣(くろご)」がいて、観客はそこにいても「いないもの」として見る約束になっています。

漫画の編集者も、紙の雑誌の長い歴史のあいだ同じように、作品の舞台にいながら読者の目にはほとんど見えない人でした。

林士平は、その黒衣のまま、客席の読者に向かって自分の声で話し始めた編集者です。

評価が割れたままの決別

では、なぜジャンプ+はここまではっきり線を引いたのでしょうか。

ジャンプ+のお知らせの最後は、新しく作品を持ち込みたい人は今までどおり集英社の公式窓口へ、という案内の一文。

審査員として褒めてもらえたことを大事に覚えている人がいるように、名前が本人の声で広まった編集者は、漫画家を目指す人にとって「この人に読んでほしい」と思える入口になりえます。

実際に林士平の会社は、2026年5月に自分たちの漫画賞「MIX GREEN MANGA AWARD」の開催を発表し、新人のためのアパートも手がけ、決別が明かされる6日前には新入社員と漫画編集者の募集も出していました。

理由はどちらのお知らせにも書かれていませんが、未来の作家が集まるその大切な入口が集英社の外に育っていくことが、ジャンプ+がはっきり線を引いた理由の1つだったのではないでしょうか。

 

編集者の評価がいちばん正直に出るのは、漫画家さんが誰と組むかを選ぶときだと思います。

4作品の漫画家さんは、ジャンプ+で描き続けながら、担当には集英社との関係が切れた林士平を選んだことになります。

好きも嫌いも、林士平が自分の声で話してきたから生まれたものなのかもしれません。