2026年10月30日の朝、名古屋市の市立小学校で、ホームルーム中の5年生の教室にひとりの父親が入ってきました。

学校の許可は取っておらず、わが子の同級生の男の子2人を廊下へ連れ出すと、頬を平手打ちしたり髪を引っ張ったりしたそうです。

11月5日にこのニュースが伝わると、ネットでは「いじめられていた子の父親なら気持ちは分かる」という声が一気に広がりました。

自分の子が毎日つらい思いをしていたら、と考えた瞬間に、頷きたくなってしまう話ではあります。

ところが、メ〜テレやANN、デイリースポーツの記事を読み返してみると、「いじめ」という言葉はどこにも書かれていません。

学校の問題を研究している人からは、少し違う角度の声も上がっています。

学校の事故や部活の問題を長く調べてきた、名古屋大学の内田良教授の投稿です。

原因は本当にいじめだったのか。

そしてこの父親を、わが子を守ろうとした親として擁護できるのか。


「いじめ」の一語がない報道

まずは、何が起きたのかを報道に沿って確かめてみましょう。

報道によると、出来事が起きたのは10月30日の午前8時半ごろで、ちょうど朝のホームルームの時間でした。

教室には児童がおよそ30人と、先生がいたとのこと。

そこへ入ってきたのが40代の父親で、廊下へ連れ出された男の子たちには、目立ったけがはなかったそうです。

校長が110番通報し、愛知県警はいま、父親から事情を聴いているところだと伝えられています。

 

では、なぜ父親はそんなことをしたのか。

理由について報道に出てくる言葉は、たったひとつ。

デイリースポーツなどによると、父親は「自身の子どもと何らかのトラブルがあった」と説明していて、市の教育委員会も「何らかのトラブルがあったとみられる」と話しているそうです。

「何らかのトラブル」。

いじめなのか、ケンカなのか、言った言わないの行き違いなのか、中身についてはどの報道も何も書いていません。

それでも、このニュースを見た多くの人の頭に真っ先に浮かんだのは、いじめという言葉。

 

一方で、その場にいた子どもたちを思う声もありました。

父親が男の子たちを連れ出したのは、30人ほどの子どもが座っている朝の教室から。

原因が何であれ、あの朝の出来事は、教室にいた子どもたちの記憶にも残ってしまったはずです。


父親をかばいたくなる理由

それでも、この父親の気持ちが分かってしまう人は少なくありません。

いちばん反応が集まっていたのは、こんな声でした。

「違ってたら申し訳ないけど」と断りを入れながらも、この父親の姿に、わが子のために走ってきた親を重ねた人も多かったようです。

昔、自分の父親が同じように教室へ来てくれた、という思い出を書いた人もいました。

「学校が何もしないのなら仕方ない」という書き込みも、あちこちで目につきます。

この「分かる」の根っこにあるのは、学校に言っても動いてくれないのでは、という不信なんです。

 

そしてつらいことに、この不信は、ただの思い込みとも言い切れません。

文部科学省が2025年10月に公表した調査によると、2024年度に全国の学校が把握したいじめはおよそ77万件で、過去最多でした。

そのうち、子どもの心や体に重い被害が出たり、長く学校を休むことになったりした「重大事態」は1,405件。

文科省の通知によると、そのうち重い被害が分かる前に学校がいじめとして気づいていたのは、915件だけでした。

残りのおよそ490件、3件に1件ほどは、子どもが深く傷ついてから初めて、いじめとして扱われたことになります。

学校が気づくのを待っていたら間に合わないかもしれない、と思えてしまう数字です。

 

今回の件ですぐに「いじめに違いない」と思ってしまうのも、動かなかった学校の話を、これまで何度も聞いてきたからなのかもしれません。


平手打ちで入れ替わった立場

では、もし本当にいじめだったとしたら、この父親は擁護できるのでしょうか。

ここで、ひとつ気になることがあります。

叩かれた2人は5年生で、まだ10歳か11歳の子どもです。

刑法の41条には「十四歳に満たない者の行為は、罰しない。」とあり、仮に2人がいじめをしていたとしても、刑事罰を受けることはありません。

ネットには「裁かれるのはガキの方」という書き込みもありましたが、法律の上では、そういう形の決着はもともと用意されていないんです。

 

一方で、いま警察から事情を聴かれているのは父親のほう。

あの朝を境に、ニュースの中で「暴行を受けた」側として書かれるのは、叩かれた2人の男の子になりました。

わが子が何かされていたとしても、その話は、父親がしたことの話のあとに回されてしまいます。

 

そして、いちばん気がかりなのは、父親の子ども本人のこれからです。

家に帰ってから、あの朝のことを親に話した子もいたはず。

それでもその子は、これからも同じ教室に通い、同じ子たちと並んで座ります。

周りの子がどんな目で見るかは、もう父親にも止められません。

だからこそ、気持ちは痛いほど分かっても、平手打ちという手段までは擁護できない、というのが正直なところなんですよね。


法律が先回りしていた親どうしの争い

じゃあ、学校が動いてくれないとき、親はどうすればよかったのか。

そう言い返したくなる人の気持ちを、そのまま代弁している声もあります。

この問いには、法律がずっと前から答えを書いていました。

2013年にできた「いじめ防止対策推進法」の23条です。

学校は、いじめの相談を受けたら、いじめがあったのかどうかを速やかに確かめなければなりません。

いじめがあれば、された子とその親を支え、した子を指導して、その親にも助言を続けることになっていて、必要なら、した子を別の部屋で勉強させることもできると書かれています。

 

そして、今回の件にいちばん重なるのが、同じ23条の5項。

学校は「いじめを受けた児童等の保護者といじめを行った児童等の保護者との間で争いが起きることのないよう」、情報を両方の親と共有するなどの手を打つこと、とはっきり書かれていました。

つまり親どうしがぶつかる場面は、2013年の法律がすでに想定していて、その間に入る役目を学校に預けていたと読めるんです。

文科省も通知の中で、子どもや親から「重大事態だ」という申し立てがあったときは、明らかに当たらない場合を除いて、重大事態として調査するよう求めています。

 

もちろん、今回がいじめだったのかどうかは分かりません。

ただ、いじめなのかケンカなのかを確かめるところから、もう学校の役目として法律に書かれています。

父親が自分の手で動いたのは、その役目に届く前だったのか、届いたあとだったのか。


教育委員会が答えたのは門の話だけ

では、学校と教育委員会は今回のことをどう説明しているのか。

伝えられているのは、市の教育委員会が「学校内の安全対策を見直していきたい」と話していることと、学校が門を開けている時間帯に職員を立たせることにした、という2点です。

知らない人を校内に入れないための手当てとしては、筋が通っています。

ただ、冒頭の内田教授の投稿のとおり、今回入ってきたのは見知らぬ不審者ではなく、その学校に子どもを通わせている親でした。

門に人が立っていたとしても、「子どものことで先生に話がある」と言われれば、通してしまっていたかもしれません。

 

気になるのは、門のことよりもこちらです。

  • 父親の子どもと2人のあいだの「何らかのトラブル」とは何だったのか
  • 学校はそのトラブルを、事前に知っていたのか
  • 父親はそれまでに、学校へ相談していたのか

この3つには、11月5日の時点でまだ誰も答えていません。

父親が相談していたのに学校が動かなかったのなら、23条が預けた役目はそこで止まっていたことになります。

反対に、相談もなく突然来ていたのなら、話はまた変わってくるでしょう。

答えが出るまでは決めつけたくない、という声もありました。

どちらだったとしても、叩かれた2人の男の子と、父親の子ども、そして朝の教室にいた30人には、これからも同じ学校での毎日が続いていきます。

わが子を守りたかったという父親の気持ちまで、否定する人は少ないはずです。

それでも、あの平手打ちでいちばん遠のいたのは、学校と一緒にわが子を守るための話し合いだったのかもしれませんね。