モンゴルの草原火災で、「日本人の一団が違法な釣りに入って草原を燃やした」という話が日本のネットで一気に広まったのは、2026年10月20日ごろから。

ところが10月23日、モンゴルの通信大手モビコムの親会社KDDIは、保護区にいた日本人はモビコムの越智康博CEOひとりだけだったと説明しました。

一行が酒に酔っていた、賄賂を受け取っていた、という話も、モンゴルの国境警備総局が「事実に基づかない虚偽の情報」と打ち消しています。

だとしたら、あれだけ激しかった日本叩きは何だったのか、背後に中国がいたんじゃないか、と思いますよね。

モンゴル、中国、日本の報道と発表を日付の順に突き合わせると、中国のメディアが少しずつ言葉を足していった記録が、ちゃんと残っている。

新華社やCCTVといった中国の国営メディアが「日本人」を前に出したのは、モンゴルの国境警備総局が噂を打ち消した4日後からでした。


「日本人の一団」は1人だった

火事が起きたのは2026年10月8日で、場所はモンゴル東部のヌムルグ厳格保護区。

8日間燃え続けて、東京都のおよそ2.4倍にあたる約52.9万ヘクタールが焼け、完全に消えたのは10月16日の朝だったと報じられています。

火元とされているのはモビコムの車で、KDDIによると、保護区の中で止まっていた車の下から煙が出て、周りの草に燃え移ったそうです。

KDDIが23日に出した説明では、保護区にいたモビコムの社員は運転手2人を含む7人で、日本人は越智CEOだけ。

越智CEOはモビコムの社員が運転する車に乗っていて、通信網の開通式典に出るために、現地の役所の要請で入ったと書かれています。

モンゴルの側からも、国境警備総局が10月14日に声明を出しました。

国境地帯に入る許可を出したのは、モビコムの一行に検問所の管理者や地元の住民を加えた13人、車5台。

噂の中で一行を連れて行ったと名前の挙がった国会議員と、式典に出ていた国境警備の部隊の大佐も、式典のあとに戻っていて、火が出たときには現場にいなかったと書かれていました。

そのうえで、一行が酒に酔った、賄賂を受け取った、けんかをした、狩りをしたという話を、まとめて「虚偽の情報」としています。

 

ただ、まだ決まっていないことも。

出火の原因について国境警備総局は「国境地帯に入った市民の不注意」と書いていて、警察がいまも調べている最中です。

保護区のどこまで入ってよい許可だったのかも、はっきりしていません。

絶滅危惧種の魚イトウを釣りに行ったという話は、裏づけが出ていないまま。

KDDIは釣りには直接触れておらず、社員がほかの法令違反をしていないことを確認した、という書き方でした。

打ち消されたのは一行のふるまいをめぐる噂で、モビコムの車から火が出たこと自体ではありません。


最初の噂はモンゴル語だった

中国が一から作った話なら分かりやすいのですが、日付を追うと、噂の入り口は少し違う場所にあります。

名前の分かる媒体で、日本人とイトウの話を最初に結びつけたのは、モンゴルのニュースサイトEguurが10月12日の夜に出した記事でした。

見出しは「議員がドルノド(保護区のある県)へ連れて行ったモビコムの幹部らが、イトウを獲りに行って保護区を焼いた」というもので、根拠は名前を伏せた情報源です。

同じ記事は、その前の週末にネットでこの話が盛んに語られていたとも書いています。

2日後の10月14日には、モンゴルの新聞ウネンのコラムが「越智CEOが魚のスープを飲もうとして保護区が焼けた」という見出しを立てました。

ところが同じ14日に、名前の挙がった国会議員は「その日はウランバートルで本会議に出ていた」と否定し、国境警備総局も先ほどの声明で、噂をまとめて打ち消しています。

 

いまたどれるいちばん早い噂も、それを止めにかかった声も、モンゴルの中から出ていたわけです。

ただ、モンゴルの人の受け止めは、最初からまちまちでした。

その様子を書いていたのが、モンゴル語で「日本人は悪くない」と書いた日本人のモンゴル研究者・木村理子さんと、そのポストに返信した内モンゴル出身の人です。

木村さんの元のポストには、支持してくれたモンゴル人がいた一方で、脅すような言葉を向けてきた人もいた、とあります。

最初の記事を出したEguurの見出しも、真っ先に名指ししていたのは日本人ではなく「議員が連れて行った」という自分の国の議員の関わり方でした。


中国の見出しで増えていった「日本人」

では、中国のメディアはこの間どう書いていたのか。

中国の主な見出しを日付の順に並べると、こうなります。

  • 10月11日 新華社=「火が国境まで迫り、2,000人あまりが食い止めている」。日本には触れていない
  • 10月15日 ニュースサイト観察者網=「誰が招いた災いか」。日系企業の車とは書くが、まだ「日本人」とは書いていない
  • 10月16日 論評の転載記事=「まさか日本人の釣りのせい?」。本文には、警察も会社も確かめていないとある
  • 10月18日 新華社の英語版=「運転していたのは日本人だった」。出典は「地元メディア」
  • 10月19日 中国中央テレビ(CCTV)のX=「違法な釣りを疑われる日本人の一団」
  • 10月19日 環球時報(中国共産党系の新聞)=「まれな大火は日本人が『つけた』」
  • 10月21日 環球時報の英語版の論説=「日系企業は中国にも謝罪すべきだ」

16日まで「?」がついていた話を、国営の新華社とCCTVが言い切りで書き始めたのは、国境警備総局が噂を打ち消した14日から4日たってからです。

 

しかも、言い切るときに言葉が足されていました。

10月18日の新華社の英語版は、釣りの話の出どころとしてEguurの名前を挙げていますが、そのEguurの記事は、燃えた車を「日本人取締役の車」と書いていただけで、誰が運転していたかには触れていません。

それが新華社では「運転していたのは日本人」になり、翌日のCCTVでは「日本人の一団」になりました。

伝言ゲームのように少しずつずれていくのですが、ずれる向きが、いつも「日本人」の側なんです。

実際は、日本人は1人で、ハンドルを握っていたのはモビコムの社員でした。

 

同じころ、中国が国境沿いに出した人を2,000人あまりから3,400人あまりまで増やして、中国側への延焼を食い止めたという話も、新華社から日本語のXへ広がっています。

国境で火を止めた人たちがいたこと自体は、本当のことです。

ただ、その手柄の話と「日本人の一団」の話が同じ週に並ぶと、火を止めた中国と、火をつけた日本人という絵ができあがってしまいます。

日本語のXでこの話が広がり始めたのは10月17日から18日にかけてで、中国側の「3,400人」と、Eguurが伝えた「イトウ釣り」を一緒に紹介するポストが目立っていました。

日本の報道機関の第一報は20日の夜なので、それより先に、隣の国の見出しが日本語に訳されて読まれていたことになります。

工作かどうかは別にしても、出典に無い「日本人の運転」を足したのは、新華社の英語版でした。

 

処理水では確かめられた工作

「やっぱり工作だったんだ」と感じるのにも、ちゃんと下地があります。

2023年8月に福島第一原発の処理水の放出が始まったときのこと。

マイクロソフトの脅威情報チームは2024年4月の報告書で、中国とつながる「Storm-1376」というグループが、日本政府を批判する大規模で攻撃的な発信キャンペーンを各国語で行ったと明らかにしています。

最近でも、高市首相の就任直後に、中国の法執行当局者が首相を中傷する計画をChatGPTに作らせようとしていたと、OpenAIの報告をもとにCNNが2026年2月に報じました。

 

ただ、今回の火事について工作を確かめたと発表した国や会社は、いまのところ見当たりません。

気になるのは、中国の側も同じ言葉を使っていることです。

10月23日に中国のニュースサイト澎湃(ほうはい)へ載った政府系の論評は、ある学者の分析として「日本の右翼は、火事の情報は中国の世論誘導だと言い出し、矛先を中国へ移すだろう」と書いていました。

こちらが「中国の工作だ」と言うことまで、あちらは先回りして書いていたわけです。

言い合いになると、どちらの言い分も決め手を欠きます。

でも、出典に無い「日本人の運転」と、1人を「一団」にした見出しは、どちらも原文と日付がそのまま残っているもの。


「プロパガンダ」と言われたモンゴルの火事

噂と一緒に、火事そのものまで「中国のプロパガンダ」と言われたことを、モンゴル人を名乗る人は日本語でこう書いていました。

噂がうそだったことと、火事が本当だったことは、別々の話。

ヒグマやヘラジカが暮らす保護区の、およそ8割が焼けました。

損害は専門の機関が30日以内に評価する予定で、モンゴル政府は、法的な責任を問い、賠償を求める構えだと報じられています。

モンゴルの報道の怒りの矛先も、多くは許可の出し方と、力のある人だけが保護区に入れてしまう仕組みに向いていました。

 

そこへ「違法な釣りを疑われる日本人の一団」と書かれれば、日本の側は当然身構えます。

日本の側の身構えた言葉がモンゴルに届くと、今度は草原を焼かれた側が、被害まででっち上げ扱いされたと傷つく。

1人を「一団」にした見出しは、日本人とモンゴル人を言い合いへ連れて行ってしまうんです。

仲を裂く力が働くとしたら、それは噂の中身より、この言い換えの形かもしれません。


日本人だけを責めなかった人たち

振り返ると、噂を止めにかかった声は、日本の政府や会社(大使館のお見舞いは22日、KDDIのお詫びは23日)より先に、モンゴルとつながりのある人たちから出ていました。

10月21日には、モンゴル出身の元横綱・朝青龍が、日本人だけを責めて、連れて行ったモンゴルの国会議員には触れないのか、という趣旨のことをXに日本語で書いています。

10月25日の朝には、釣り・無許可の立ち入り・日本人の集団・消火せずに立ち去った、の4つを「全てデマ」と並べたポストも大きく広がりました。

ただ、いま確かめられている中身は、1つずつ少しずつ違います。

  • 酒・賄賂・けんか・狩り=国境警備総局が「虚偽」と打ち消した
  • 日本人の集団=KDDIの説明では、日本人は越智CEOの1人だけ
  • 消火せずに立ち去った=KDDIは、当局の指示で消火にあたったと説明
  • 無許可の立ち入り=KDDIは国境警備隊が出した入域許可があったと説明。どこまで入ってよい許可だったかは調べている途中
  • 13人・車5台=国境警備総局の声明にある一行全体の数で、こちらはデマではない
  • イトウ釣り=裏づけも、はっきりした打ち消しも出ていない

噂の大半が崩れたのは確かで、残っているのは出火の原因と、許可の範囲の2つです。

中国寄りのメディアが悪い印象を残したかったのでは、と感じた人が多いのも無理はありませんが、仲を裂きたい思惑があったのかどうかは、いまの材料だけでは言い切れません。

モビコムの車が火元とされていることは、そのまま。

疑ってかかってよかったのは、出典に無い言葉を足して、1人を「一団」にした見出しでした。

そして酒や賄賂の噂に、いちばん先に「虚偽」と言ってくれたのは、草原を焼かれたモンゴルの側でしたね。

焼けて黒くなったモンゴルの草原と、焼け残った枯れ草のあいだを走る車の轍
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