2026年10月8日、モンゴル東部の自然保護区で起きた草原火災は、8日間燃え続けて保護区のおよそ8割を焼きました。

火元とされているのは、KDDIの子会社でモンゴルの通信大手「モビコム」の幹部らが乗っていた車です。

ところが日本の報道機関の第一報は、出火から12日後の10月20日の夜で、テレビや新聞が大きく扱い始めたのは21日から22日にかけて。

そのあいだにモンゴルでも中国でも韓国でも、この火事はとっくに報じられていて、日本人の多くは、海外の報道でこの火事を知ることになりました。

では、海外ではこの火事がどんなふうに伝えられていたのか。

国ごとの見出しを読み比べてみると、草原を焼かれたモンゴルの主なメディアは、見出しで「日本人」とはほとんど書いていませんでした。


保護区の8割を焼いたモビコムの車

モンゴルで何が燃えたのか、くわしくはまだ知らないという人も多いかもしれません。

火が出たのはモンゴル東部ドルノド県のヌムルグ厳格保護区で、中国の内モンゴル自治区との国境に近い場所。

出火したのは、保護区の中でも立ち入りがいちばん厳しく制限される核心区域だったと報じられています。

焼けたのは約52.9万ヘクタール、東京都のおよそ2.4倍で、完全に消えたのは10月16日の朝でした。

じつはこの保護区、大きな火事は今回が初めてではありません。

2022年4月にも21.1万ヘクタールが焼け、2023年には保護区の76%が焼けて損害が36億トゥグルグ(モンゴルの通貨)と評価されたと、モンゴルのikon.mnが10月23日に比較記事を出しています。

今回の損害は、専門の機関が30日以内に評価する予定とのこと。

 

保護区はヒグマやヘラジカ、カワウソなどが暮らす場所で、現地の旅行会社が野生動物の観察ツアーを組むほどの土地です。

KDDIが10月23日に出した説明によると、保護区にいたモビコムの社員は運転手2人を含む7人で、日本人は越智康博CEO(KDDIからの出向)だけだったと書かれています。

目的は、国境港湾局の要請による通信網の開通式典への出席と、4Gの通信品質の確認。

モンゴルの一部メディアは絶滅危惧種の魚イトウを釣りに行ったのではと報じましたが、こちらは確かめられておらず、KDDIは社員がほかの法令違反をしていないことを確認したと書いています。

出火の原因も入った目的も、モンゴルの警察がいまも調べている途中です。


モンゴルの見出しに「日本人」がない

日本のネットでは「日本人がモンゴルの草原を燃やした」という言い方がずいぶん広がりました。

ところが、当のモンゴルの主なメディアの見出しは、こうなっています。

  • モビコムの声明(10月12日)=日本や日本人に一言も触れていない
  • Eguur News=「議員がドルノドへ連れて行ったモビコムの幹部らがイトウを獲りに行き、保護区を焼いた」
  • 新聞ウネン(10月14日)=「モビコムの社長ヤスヒロ・オチが魚のスープを飲もうとしたせいで、保護区が焼けた」
  • Shuud.mn(10月16日)=「謝罪はしたが、自然への被害をどう償うのか」
  • 英字メディアInside Mongolia=越智CEOの名前は出すが、国籍には触れていない

社長の名前や会社の名前は出てきても、「日本人が」という書き方は見出しにほとんど出てきません。

「日本人幹部」という言葉が出てくるのは、主に記事の本文の中でした。

見出しが先に名指ししているのは、むしろモンゴルの側です。

Eguur Newsは「議員が連れて行った」から書き出し、ウネンの論説は、有力者には例外が認められて地元の人には厳しい、という不公平を問いかけていて、力のある人だけが保護区へ入れてしまう仕組みへの怒りが、記事の芯になっています。

 

では、保護区に入った一行には誰がいたのか。

報じられている顔ぶれは、越智CEOとモビコムの社員、地元の住民2人、そしてEguur Newsが伝えた元国会議員の弟とされる人物です。

KDDIの23日の説明では、モビコムの車2台の前後を当局の車3台がはさむ形で走り、保護区の中の移動は、すべて国境港湾局が管理・監督していた、という説明。

入るための許可を出したのも、国境警備隊の本部ではなく現地の部隊の大佐1人だったと、モンゴルの一部メディアは報じています。

Yahoo!ニュースのコメント欄でも、市民が締め出される保護区に外国企業のトップと地元の有力者がそろって入った、という見方を書き込んだコメントに、多くの共感が集まっていたほど。

そんななか、モンゴル出身の元横綱・朝青龍が、日本語でこう書き込みました。

日本で「日本人が」という声が強かっただけに、モンゴルの側からこの言葉が出てきたことに驚いた人も多かったようです。

ただし、名指しされた国会議員本人は「出火の日はウランバートルで国会に出ていた」と反論していて、保護区まで一緒に入っていたと報じられているのは、先ほどの元国会議員の弟とされる人物のほう。

誰が連れて行ったのかは、まだはっきりしていません。

それでも、日本人だけの話で終わらせないでほしいという向きは、モンゴルの報道が見出しで問いかけていたことと同じ方向を向いています。

デモや署名、日本製品の不買運動を伝える報道も、いまのところ見当たりません。


見出しに「日本人」を置いた国々

見出しの真ん中に「日本人」を置いたのは、モンゴルの外のメディアでした。

中国は、火が自分の国の国境まで迫ってきた当事者です。

韓国は、黄砂という形でモンゴルの草原とつながっている国。

どちらにとっても、この火事は自分たちにも降りかかる話だったわけです。

 

中国 消火の動員から「中国にも謝れ」へ

中国の報じ方は、日を追うごとに変わっていきました。

10月12日の人民網日本語版は、国境での延焼を防ぐために2,000人以上が出動したと伝えるだけで、日本には触れていません。

15日にはニュースサイトの観察者網が「誰のせいか」と原因に踏み込み、19日には環球時報が「まれな大火は日本人が『つけた』、モンゴル国民が激怒」という見出しを立てました。

21日の環球時報の英語版の論説の見出しは「日系企業は中国にも謝罪すべきだ」で、本文では日本のメディアが「驚くほど足並みをそろえて沈黙した」とまで書いています。

新華社も、中国側が3,400人あまりを国境沿いに出して延焼を防いだことや、モンゴルが中国の素早い対応に感謝したことを、繰り返し伝えていました。

KDDIが23日に謝罪したあとも、環球時報は24日、声明は出火の原因をあいまいにしていて、中国への謝罪もないと批判を続けています。

 

中国のSNSには真偽の分からない話も流れ、KDDIが越智CEOを解任したという話まで出回りましたが、日本の各社はいまも越智氏をCEOとして報じていて、裏づけは見つかっていません。

中国に住む日本人の目にも、その様子は気がかりに映っていたようです。

日本の側から何も出てこないあいだに、隣の国では、確かめられていない話が先に広がっていました。

 

韓国 黄砂と植林の国の怒り

韓国では、ニュース専門局のYTNが10月19日に「違法な釣りをしようとして事故を起こした日本人たち」という見出しで報じ、ソウル新聞も同じ日に「違法な釣り?特権層か」という怒りの声を見出しに取っています。

韓国の怒りの背景について、台湾の中時新聞網の見立てはこうです。

韓国は2007年からモンゴルで植林や砂漠化を食い止める取り組みを続けていて、黄砂を減らすための長年の植林の努力が「人災」で損なわれたと受け止められている、とのこと。

そして21日には、テレビ局のMBCが「日本のメディアはなぜ沈黙」と見出しを立て、共同通信の第一報を、モンゴル国営通信を引いた2文だけの短い記事だったと書きました。

 

英語圏 大手通信社は見当たらず

英語では、日本の英字紙ジャパンタイムズが10月20日に「KDDIの子会社が批判と疑問にさらされている」と報じ、香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは中国側の動きを中心に伝えています。

ただ、ロイターやAP、BBCといった世界の大手通信社・放送局の記事は、調べた範囲では見当たりませんでした。

強く反応していたのは、モンゴルを囲む国々のほう。


日本の第一報は出火から12日後の夜

では、日本ではどうだったのか。

日付を並べてみると、遅れの大きさがはっきりします。

  • 10月8日 保護区で出火
  • 10月11日 KDDIがモビコムから報告を受ける(オルタナの取材にKDDIが回答)
  • 10月12日 モビコムがモンゴルで声明を出す/人民網日本語版が火事を伝える
  • 10月14日 越智CEOが謝罪の動画をモビコムのフェイスブックに出す
  • 10月20日 新華社日本語版、ジャパンタイムズ、夜に共同通信が報じる
  • 10月21日〜22日 テレビ朝日、FNN、毎日新聞、報道ステーションなどが続く
  • 10月22日 在モンゴル日本大使館が「お見舞いメッセージ」を出す
  • 10月23日 KDDIが自社サイトで「お詫び」と経緯の説明を出す
  • 10月24日 共同通信などが、モンゴル政府が賠償の請求を検討していると報じる

日本の報道機関の第一報は、出火から12日後の夜でした。

その共同通信の記事は、モンゴル国営のモンツァメ通信と、中国の新華社を引いて書かれたもの。

朝日新聞の記事もモンゴル国営放送を出典にしていて、日本の報道は、海外の報道を後から追いかける形で始まりました。

Yahoo!ニュースのコメント欄にも、「2週間報道を抑えられた」「大手の子会社だから緩い報道なのか」という声が並んでいます。

そう疑いたくなるのも、無理はない日付の並びですよね。

ただ、誰かが報道を止めたことを示す材料は、いまのところ見つかっていません。

 

確かめられたのは、次の2つです。

1つは、KDDIのコメントが、まず20日以降に報道各社の取材に答える形で出てきたこと。

KDDIが自社のサイトで「お詫び」と経緯の説明を出したのは10月23日で、報告を受けてから12日後、出火からは15日目でした。

越智CEOの謝罪の動画も、モンゴル語で、モンゴルの人に向けて出されたもの。

もう1つは、日本の報道各社の第一報が、モンゴルの国営通信や新華社の記事を出典にしていたこと。

日本の報道が動き出したのは、新華社が日本語で配信したのと同じ20日になってからです。

 

そして22日、在モンゴル日本大使館が「お見舞いメッセージ」を出しました。

「被害の大きさを深刻に受け止めており、非常に心を痛めております」と書き出し、調査が「客観的事実と法律に基づき適正に行われることを期待」するとして、被害地域の回復への協力を「モビコム社と積極的に検討していく」と結んでいます。

調べた範囲では、日本の公的な側から出た言葉は、出火から14日目のこのメッセージが最初で、モンゴルのikon.mnも翌23日にこれを記事にしたとのこと。

 

KDDIは23日のお詫びの中で、「さまざまな憶測も含む事実と異なる発信がなされるなか」、事実関係を整理して公表した、とも書いています。

説明が出てこないあいだに広がった話を、ネットの側で一つずつ確かめていた人もいました。

このポストの中身を、公式の発表や報道に一つずつ当ててみると、こうなります。

  • 飲酒・賄賂・喧嘩・密猟の話=国境警備総局が声明で「根拠のない虚偽情報」と否定(警察の調べは続いている)
  • 日本人の人数=KDDIの説明では、日本人は越智CEOの1人だけ
  • 謝罪=越智CEOが14日に動画で、KDDIが23日に自社サイトで謝罪している
  • 釣り具が見つかった・日本人が逃げ帰った=報道や発表には見当たらない。幹部らは地元の警察で話を聞かれたあと、弁護士を呼んでウランバートルへ戻ったと報じられている
  • 許可=国境地帯に入る許可は出ていた。ただ、保護区の管理局の責任者は、入域料が払われておらず事前の連絡もなかったと話している(現地メディアの報道をFNNが紹介)
  • 車からの出火=会社も国境警備総局も認めている。ただ、新華社は運転していたのを日本人と伝え、KDDIは越智CEOは社員が運転する車に乗っていたと説明していて、ここは食い違ったまま

出回った噂の多くは公式に打ち消されていますが、許可の範囲と出火の原因は、モンゴル当局がまだ調べている途中です。

 

ところが25日の早朝になると、今度は振り子が反対側へ振れました。

KDDIの発表を根拠に、釣り・無許可の侵入・逃げた、といった話を「全てデマと判明」とまとめたポストが、大きく広がったんです。

ただ、このポストの中にも、確かめると言い過ぎの部分があります。

  • 「13人・5台」はデマではない=国境警備総局が許可を出した数字で、モビコムの車2台と当局の車3台を足すと、KDDIの説明とも同じ5台になる
  • 「国境警備総局の全面的な管理・監督」=KDDIの発表に書かれているのは国境港湾局
  • 消火にあたったかどうか=KDDIは当局の指示で消火したと説明し、現地のテレビ記者は一行が消火の人たちに水も届けなかったと話していて、食い違ったまま
  • KDDIの説明そのもの=モンゴル当局が認めた、あるいは否定したという報道は、25日の時点で見当たらない

「日本人が遊びで焼いた」も「全部デマだった」も、モンゴル当局の調べの結論より先に走っているという点では同じ。


火事のあとに残った「沈黙」という言葉

こうして並べてみると、隣の国々が日本に向けた言葉には、火事への怒りとは別の矛先もありました。

中国の論説の「足並みをそろえた沈黙」、韓国MBCの「日本のメディアはなぜ沈黙」、韓国のネットメディアのインサイトが書いた「日本の報道は遅れ」。

火事そのものに加えて、日本が黙っていたことまで、責められていたんです。

出火の原因は、モンゴルの警察の調べを待つしかありません。

でも、そのあと何日も日本の側から何も聞こえてこなかったことは、外から見れば、日本が選んだ態度として受け取られてしまいます。

草原を焼かれたモンゴルの報道は、自分の国の仕組みにも目を向けていて、朝青龍も「一方的な日本人が悪いじゃなくて」と書きました。

 

22日には大使館のお見舞いが、23日にはKDDIのお詫びと経緯の説明が出て、日本の側からもようやく言葉が届き始めたところ。

ただ、出火の原因も、保護区に入った目的も、まだ決まっていない段階です。

モンゴル政府は21日の閣議で、責任者を特定して賠償させる方針を決めていて、損害の額は法律に沿って30日以内に確定させるとしています。

海外の見出しに並んだ「沈黙」という言葉は、火事のあとの12日間が積み上げてしまったもの。

その言葉をどう消していけるかは、ここから日本の側が出していく言葉しだいなんですよね。