死後に自分の体を医学の教育に役立ててもらう「献体」の登録者が、千葉大学で減り続けているそうです。

2026年11月4日の産経新聞によると、ピークだった2004年度の2,382人から、2025年度は1,883人まで減ったとのこと。

大学は「未来のために協力して」と呼びかけていますが、ネットで目立ったのは、まったく逆の反応でした。

女性は献体をやめたほうがいい、という声です。

火に油を注いだのは、15年前に神奈川の歯科大学で、解剖の実習中に女性のご遺体へ行われた行為と、その裁判の結果がもう一度掘り起こされたことでした。

献体をめぐって過去に何があったのか、そして怖くなった人が登録をやめたいときにどうすればいいのかまで、まとめて見ていきます。


「怖い」が返ってきた千葉大の呼びかけ

「医学のために」と言われても、いまは素直にうなずけない人が多いかもしれません。

「女体消費」という言葉には、亡くなったあとの自分の体が、女性だからという理由で軽く扱われることへの怖さがそのまま出ています。

献体と臓器提供は別の仕組みですが、その怖さは臓器提供の意思表示にまで及び始めているんですね。

 

一方で、大学の側にも事情はあります。

産経新聞の記事によると、医学生は献体されたご遺体を自分の目と手で解剖して、血管の位置などを覚えていくのだそうです。

千葉大学では、全国から集まった外科医が手術の腕を磨いたり、新しい医療機器を開発したりするのにも使われているとのこと。

 

では、なぜ登録が減ったのか。

同じ記事で千葉大の准教授は、コロナ禍で高齢者の集まりが小さくなり、登録のきっかけの大半を占めていた口コミが減ったことを挙げています。

そしてもうひとつ、解剖をした医師らのSNSの投稿が倫理的に問題だと話題になったことも、影響しているのではないかと話していました。

不信感が登録の減少につながっていると、大学の側も見ているわけです。

その不信感のもとになった出来事を、過去にさかのぼって並べてみます。


問題1 ご遺体への行為と1200万円の判決

今回いちばん多く引き合いに出されているのが、2011年に神奈川歯科大学(神奈川県横須賀市)で起きたことです。

大学側が裁判で示した経緯によると、2011年7月6日の解剖学の実習中、40代の男性の学生が別の班のもとへ行き、女性のご遺体の性器に指を入れたとされています。

その日の観察項目には入っていない部分で、まわりの班を含めて10人以上の学生が見ていて、泣き出す女子学生もいたそうです。

大学の聞き取りに対して、本人は指を入れたこと自体は認めたうえで、こう話したとされています。

「献体からは何から何まで見てくれというメッセージを受け取った」

この言葉どおりなら、献体を申し出た人の善意を、自分に都合のいい許可として受け取っていたように読めます。

大学は1週間ほどで退学処分を決め、本人に通知したそうです。

 

ところが元学生は「退学処分は無効だ」として、大学に1,500万円の損害賠償を求める裁判を起こします。

神奈川新聞によると、2013年9月13日、横浜地裁は退学処分が重すぎると判断し、大学に約1,200万円を支払うよう命じました。

理由として伝えられているのは、講師の指示や説明が十分ではなかったことと、本人とまわりの学生の話が食い違っているのに、大学が十分に調べなかったことの2つ。

判決は退学を「合理的理由がなく不相応に重い処分」とし、学費や、歯科医師になっていれば得られたはずの収入の分を払うよう命じたとのことです。

この判決を知って「行為が許された」と受け取る人がいるのも、無理はないと思います。

報道で伝えられている判決の理由は、大学の調べ方と処分の重さについてのもので、ご遺体への行為そのものを認めたわけではありません。

ただ、結果だけを見れば、行為をしたとされる側にお金が支払われる判決が出たことになります。

そして献体した女性やその家族は、この裁判の当事者ではありませんでした。

その後に控訴されたのかどうかを伝える報道は、見つけられていません。

この話は、問題2の騒動が起きた2024年12月にもネットで話題になっていて、今回が2度目の再燃になります。


問題2 ご遺体の前でピースした写真

千葉大の准教授が触れた「医師らのSNSの投稿」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのがこの2つ目の騒動です。

2024年12月、東京美容外科の沖縄の院で院長をしていた女性医師が、グアムで受けた解剖の研修の様子をブログに載せていました。

献体されたご遺体を前にピースサインをした写真や、「頭部がたくさんあるよ」といった言葉が添えられていたと報じられています。

ブログは削除され、本人とクリニックの統括院長がSNSで謝罪しましたが、批判はむしろ大きくなっていきました。

医師の側からも、強い反発が出ています。

医師でもある作家の知念実希人が、投稿の最後に問いかけているのは「ご遺族」の気持ちでした。

 

年末には、クリニックがこの医師を院長の職から解任すると発表したそうです。

そしてこの件のあと、「だから私は献体をしない」と口にする人が、はっきり増えていきます。

俳優の毬谷友子のこの投稿にも、うなずく声が相次ぎました。

写真を載せたのは女性の医師でしたが、それでも女性が怖さを口にしたのは、「脂肪がいっぱい」と体を値踏みされる言葉が、死んだあとまでついてくると分かってしまったからではないでしょうか。


問題3 6年半戻らなかった遺骨

3つ目は、写真や行為とは別の種類の問題です。

献体したご遺体は、解剖が終わったあとに火葬され、遺骨として家族のもとへ戻ってきます。

千葉大学の案内では、遺骨が戻るのはほとんどの場合、献体から2〜3年後。

それだけ長いあいだ、家族は大学からの連絡を待ち続けることに。

ところが、その連絡が何年たっても来なかった家族がいます。

神戸新聞によると、兵庫医科大学が、献体として受け入れた3人の遺骨を、火葬したあとも6年半以上、家族に連絡しないまま返していなかったことが、2021年11月に分かりました。

家族から問い合わせて、ようやく発覚したとのこと。

大学は「当時の担当者が規定の業務手順を逸脱し、遺族への通知を怠った」と謝罪しています。

そのうちの1人の娘さんは「献体はただの教材ではない」と話し、「本当に父の遺骨かどうかも分からない」として、受け取りを拒んだそうです。

2022年2月には、この女性が大学に1,100万円の賠償を求めて、神戸地裁に訴えを起こしました(その後の判決や和解を伝える報道は、見つけられていません)。

家族を亡くしたうえに、その遺骨のことで自分から大学を訴えなければならなかったということ。

やりきれません。

 

この家族の重さは、問題2の騒動のときにも指摘されていました。

美容外科の統括院長が謝罪の中で「解剖を行なっている私自身が献体の意思を示す事も重要」と書いたとき、こう返した人がいます。

献体を決めるのは本人でも、その後の数年を引き受けるのは家族です。


ご遺体への礼儀に罰則はない

3つを並べると、共通しているところがあります。

献体した人の側に立って声を上げたのは、家族だけなんです。

神奈川の裁判で争ったのは元学生と大学で、献体した女性の家族はそこにいませんでした。

美容外科の件で医師を処分したのは、勤め先のクリニックです。

そして兵庫の件では、献体した方の娘さんが自分で裁判を起こすしかありませんでした。

 

法律の条文はどうなっているのか。

「医学及び歯学の教育のための献体に関する法律」(献体法)の第3条には「献体の意思は、尊重されなければならない」と書かれています。

解剖について定めた死体解剖保存法の第20条にも、解剖をする人は死体の扱いについて「特に礼意を失わないように注意しなければならない」という一文があるんです。

ところが、この法律で罰則を定めている第22条と第23条には、第20条が挙げられていません。

「礼意を失うな」とは書いてあっても、破ったときの罰は、この法律の中には書かれていないわけです。

神奈川の件が刑事事件になったという報道も、見つけられませんでした。

何かあったときに動くのは、大学や勤め先が自分たちの決まりで下す処分か、家族が自分で起こす裁判ということ。

「協力して」と呼びかけるなら、まず医療に関わる人から、という声も出ています。

ご遺体の尊厳が守られる前提が見えないまま協力を求められても、首を縦に振れない人がいるのは当然のことです。

 

登録をやめたいときにできること

では、すでに登録していて怖くなった人は、どうすればいいのか。

千葉大学の「よくある質問」には、こう書かれています。

「献体登録はご本人の意思でいつでも取り消すことができます」

取り消したいときは、大学の献体担当の窓口へ連絡し、氏名と生年月日で本人確認をしたうえで、退会完了の通知が届く流れだそうです。

登録している大学がほかの場合も、まずはその大学の献体の窓口へ。

 

ほかにも、知っておきたい仕組みがこちら。

  • 本人が書面で希望していても、亡くなったときに家族が拒めば解剖は行われない(献体法の第4条)
  • 千葉大学では、医学生の授業とは別に「医師の教育・研究」に使うかどうかの同意を分けて取っている
  • その「医師の教育・研究」には、学会で写真や動画を使って発表することも含まれる

大学は個人が分からないように配慮するとしたうえで、この同意はしなくても不利益はなく、同意したあとでも撤回できると案内しています。

撤回すれば、医学生の解剖学の授業だけに使われる、という仕組み。

登録は続けたいけれど写真が残るのは怖い、という人には、この選び方もあるんですね。

家族の献体に付き添って、自分はしないと決めた人もいます。

 

医学に献体が必要なのは本当ですし、知念実希人のように、ご遺体に真剣に向き合ってきた医師がいることも確かです。

遺骨や法律の話は性別を問いませんが、性的な行為の矛先が向いたのは女性のご遺体で、体を値踏みする言葉に女性ほど身構えてしまうのも、無理のないことだと思います。

それでも正直なところ、いまの形のままでは、女性に献体を勧める気にはなれません。

あの行為と同じくらい怖いのは、それが起きたとき、献体した女性の側に立って声を上げる人が、裁判の場にさえいなかったことです。

献体をためらう女性が増えているのは、亡くなったあとの自分を守ってくれる人が見えないから、ということですね。