東京・歌舞伎町で、買春やその様子を見ることを目的に訪れる外国人が増えているとして、新宿区が対策を求めています。

きっかけの一つとされているのが、大久保公園周辺で女性が路上に立つ光景がSNSを通じて海外まで広がったことです。

新宿区は、買春目的や見物目的で訪れる外国人が増え、金銭トラブルなども起きていると説明しています。

 

このニュースに対し、ネット上では単なる治安への不安だけではなく、「日本はいつから、買春目的で訪れる国になったんだろう」という寂しさに近い反応も広がっています。

一方で、「買う側を処罰すべき」「法律を変えても取り締まれるのか」「ここまで放置した行政にも問題がある」と、議論はかなり複雑です。

外国人だけの問題として片づけるには、少し根が深い話なのかもしれません。

 

歌舞伎町でいま何が起きている?

問題になっているのは、新宿・歌舞伎町の大久保公園周辺などで続く路上での売買春です。

警視庁によると、2025年に大久保公園周辺で売春目的の客待ちをしたとして現行犯逮捕された女性は延べ112人

2024年の97人から増えており、摘発やパトロールを強化しても問題がなくなったわけではありません。

最近では大久保公園周辺そのものから女性の姿が減る一方、周辺のホテル街などへ場所が移っているとも報じられています。

買春目的の訪日客が増えていると新宿区が指摘

今回特に注目されたのが、外国人観光客の存在です。

新宿区によると、コロナ禍以降、大久保公園周辺での客待ちの様子がSNSで国内外に広まり、買春や見物を目的に現地を訪れる外国人が増えたとされています。

実際、現地取材でもカメラを手に周辺を歩く外国人観光客とみられる人の姿が報じられています。

もちろん、日本を訪れる外国人観光客の大半がこうした目的で来ているわけではありません。

あくまで歌舞伎町周辺で起きている一部の問題です。

ただ、世界有数の観光都市となった東京で、こんな形の「観光」まで生まれてしまったことにショックを受けた人は少なくないようです。

 

「買う側」の処罰強化も議論へ

そして現在、大きく変わろうとしているのが法律です。

法務省は2026年8月24日、「売買春に係る規制の在り方検討会」の第8回会議を開催し、取りまとめ報告書案を示しました。

これまで売春防止法では、売春目的で路上などで勧誘する行為には罰則がある一方、買う側の勧誘行為には同様の処罰規定がないという不均衡が指摘されてきました。

そこで、買う側の行為にも罰則を設ける方向が議論されています。

売る側だけを摘発しても、買う人がいれば場所を変えて続いてしまう。

今回のニュースは、そんな従来の取り締まりの限界まで浮かび上がらせました。

なぜこのニュースがここまで注目された?

「歌舞伎町で売買春が問題になっている」

そこだけなら、残念ながら突然始まった話ではありません。

今回、反応が大きくなったのは、「それを見るため、あるいは買うために海外から日本へ来る人までいる」という部分でしょう。

ここで、多くの人の感情が「治安が悪い」からもう一段違うところへ動いています。

  • 恥ずかしい。
  • 情けない。
  • なんとなく寂しい。
  • 昔とは立場が逆転したように感じる。

 

ネット上では、かつて日本人男性による海外での買春が社会問題になった歴史と重ねる声も出ています。

そのため、「今度は日本がその場所になったのか」という、少し皮肉な見方につながっているのです。

もちろん、「外国人が日本へ来るようになった=日本が衰退した」と単純には言えません。

訪日客が増えていること自体は、観光地として人気があることの裏返しでもあります。

それでも、何を目的に来る人まで増えたのか。

そこに、みんなが言葉にしづらい違和感があるのでしょう。

ネット上ではどんな声が広がっている?

ネット上の反応を見ると、一方向の怒りだけではありません。

今回のニュースを、日本の経済や治安、法律、政治の問題まで含めて受け止める声が出ています。

 

「日本が買われる国に」凋落を嘆く声

目立つのが、「昔は日本人が海外へ買春に行っていたのに、今は逆になった」という反応です。

そこから、「日本が貧しくなった象徴では」「買われる側の国になってしまった」といった、かなり強い言葉も出ています。

私は、この反応の中心にあるのは単なる外国人嫌悪ではなく、自分たちの国の立ち位置が変わってしまったように感じる寂しさなのだと思います。

少し前まで、日本は「海外へ遊びに行く側」というイメージが強かった。

円安が進み、海外旅行は高くなり、日本を訪れる側から見ると以前より割安に感じられる場面も増えました。

そんな変化と今回のニュースが重なると、「日本って、こんなふうに見られる国になったのか」というショックにつながります。

 

ただ、ここで外国人全体をひとまとめに責めても、話は見えなくなります。

問題なのは国籍ではなく、買春を目的に街へ集まる需要と、それを支える環境ができてしまっていることでしょう。

「買う側も処罰すべき」と厳罰化を求める声

次に多いのが、

  • 「売る側だけ逮捕するのはおかしい」
  • 「買う側も処罰すべき」

という声です。

この違和感はかなり分かりやすいですよね。

売買春は相手がいなければ成立しません。

それなのに、路上で客待ちをする側だけが処罰され、買うために近づく側には同じような罰則がない。

そこに不公平さを感じる人がいるのは自然でしょう。

 

特に、生活困窮やホストクラブへの支払いなどを背景に路上へ立つ女性がいることも警視庁の調査で明らかになっています。

2025年に摘発された112人のうち48人は、ホストやメンズ地下アイドルなどへの支出を動機として挙げていました。

「売った人だけを捕まえて終わりでいいのか」

今回の法改正議論は、まさにその疑問への答えを探している途中です。

 

「法律を作っても取り締まれる?」実効性への疑問

ただし、厳罰化すればすべて解決するのか。

ここには疑問の声もあります。

すでに大久保公園周辺では警察の取り締まりが強化されています。

その結果、客待ちそのものが消えたというより、周辺のホテル街などへ移ったと報じられています。

つまり、見えなくなったことと、なくなったことは違う。

ここなんですよね。

 

  • 買う側への罰則を作っても、人員を確保して実際に取り締まれるのか。
  • SNSやネット上で場所が変われば、また追いかけることになるのではないか。
  • 罰則が強くなるほど、地下へ潜って見えにくくなる可能性はないのか。

法律を作ったことで安心してしまわず、その後どう運用するのかまで見なければ意味がありません。

ネット上に「どうせ取り締まれないのでは」という冷めた反応が出るのも、これまでのいたちごっこを見てきたからでしょう。

「ここまで放置したのはなぜ」政治や行政への不満

そして矛先は、政治や行政にも向いています。

  • 「今になって対策するのか」
  • 「もっと早くできなかったのか」

という不満です。

新宿区では町会などと連携したパトロールや注意喚起を続け、警視庁も摘発を進めています。

それでも2025年の摘発者数は前年を上回りました。

 

結果だけを見れば、「対策しているのに、なぜ改善しないの?」と思ってしまいますよね。

もちろん行政だけで解決できるほど単純な問題ではありません。

  • 生活困窮。
  • ホストクラブなどへの支払い。
  • 買う側の需要。
  • SNSによる情報拡散。
  • インバウンドの増加。
  • 法律の仕組み。

いくつもの問題が絡んでいます。

だからこそ、パトロールを増やすだけでは追いつかない。

政治への苛立ちの奥には、「もう対症療法ではなく、根本から何とかしてほしい」という感情があるように思います。

歌舞伎町の変化が突きつける寂しさとは

歌舞伎町は昔から「きれいな街」だったわけではありません。

歓楽街ですから、夜の店もあれば、さまざまなトラブルもありました。

それなのに今回、「風紀が乱れた」という言葉にこれほど反応する人がいる。

おそらく問題は、「昔より清潔だったかどうか」ではないのでしょう。

 

  1. SNSに動画が上がる。
  2. 海外で広がる。
  3. それを見た人が、「日本に行ったら見られる」「買える」と考えて訪れる。
  4. 地元の街が、住んでいる人の意思とは関係なくネット上で別の意味を持ち始める。

こうして街が自分たちの知らない目的で消費され始めた感覚…

そこが寂しいのだと思います。

これは歌舞伎町に限った話ではありません。

  • 観光地が「映える場所」になり、住民の生活より撮影が優先される。
  • 静かな住宅街へ観光客が押し寄せる。

インバウンドが増えた日本では、似た摩擦が各地で起きています。

今回の問題は、その中でもかなり重い形で表れたケースなのかもしれません。

外国人だけを責めても解決しない難しさ

このニュースを読んでいると、どうしても「外国人観光客」という言葉が目につきます。

でも、そこだけを問題にすると本質を外してしまいます。

そもそも日本国内に買う側がいなかったわけではありません。

路上で客を待つ人が生まれた背景も、海外から突然持ち込まれたものではないでしょう。

 

さらに、日本人が海外で買春することが社会問題になった時代もありました。

だから今回の状況を、「外国人が来て日本を乱した」だけで終わらせると、少し都合が良すぎます。

人が欲望を持つこと自体は、国籍が変わってもそれほど変わらない。

違うのは、その欲望を街や法律がどこまで許し、どこから止めるのかです。

 

  • 買う側にも責任を問うのか。
  • 売る側を追い詰める背景へどう手を入れるのか。
  • SNSで世界へ拡散される時代に、街をどう守るのか。

今回のニュースから残るのは、単純な「外国人が怖い」という感情ではありません。

むしろ、「日本は、自分たちの街をどんな場所として守りたいのか」という問いなのだと思います。

「昔は日本人が海外へ行っていたのに、今は日本へ来る」。

その逆転に寂しさを感じる気持ちは分かります。

 

でも本当に考えるべきなのは、どちらが買う側になったかではないのでしょう。

場所と時代が変わっても繰り返される欲望に対して、私たちが今度こそどんな線を引くのか。

そこまで決められなければ、取り締まりで人が消えても、また別の場所に同じ問題が現れてしまうのかもしれません。